「お姉ちゃん、ソフトボールの試合が始まってるね」
「そうね、利比古」
「きょうも、観るんでしょ?」
「観る観る」
「大学のサークルでも、ソフトボールやってるんだもんね」
「やってるやってる」
「…ピッチャー?」
「主に、ね」
「お姉ちゃんの球……速そう」
「速いかもね~♫」
「ぶつかったら……痛そう」
「えっ」
「わたしのピッチングを怖がらないでよぉ、利比古」
「だって、」
「だって?」
「昔っから……お姉ちゃん、ボールを持つと、容赦なかったし」
「よ、よく憶えてるわねぇ」
「……たまに、キャッチボールとかするんだけど、ガンガン速い球投げつけてくるし、さ。こっちは、ひとたまりもなかったよ」
「い……いつでもわたしは本気だから」
「いい思い出なんだけどね」
「それは…よかった」
「…いまは、アツマさんがいてくれて、助かってるよ」
「!? なにそれ」
「お姉ちゃんのキャッチボールの相手になってくれてるし」
「……」
「しょーじき、お姉ちゃんの球が当たってケガするの、怖いから。…アツマさんなら、そんなことないでしょ?」
「こ、こらっ、利比古」
「ぼくなりの、危機管理だよ」
「……怖がってばっかりじゃ、だめよ」
「え~」
「『え~』じゃないから!!」
「うわっ」
「……利比古。」
「なあに? 怒りっぽい顔で」
「東京は、けっこうあっちこっちに、バッティングセンターがあってねえ」
「それで?」
「バッティングセンターで……あんたを鍛え直してあげたい気分」
「え~」
「ま、また『え~』って言った、バカ利比古っ」
「バカじゃないよ」
「……反発するのなら、もう少し相づちのバリエーションを増やして」
「――ま、ソフトボールばっかりやってるわけじゃないんだけど、うちのサークル」
「漫画、だっけ?」
「長っ」
「長くて悪い?」
「…むしろ、いいと思うよ」
「とっ、利比古はそう思うのね」
「ユニークだよね」
「ユニーク?」
「うん。ユニークだし、『漫研ときどきソフトボールの会』って、ユーモアなサークル名だと思うよ」
「ユーモアな、サークル名…」
「そう。ユーモア」
「……利比古の、『KHK』も、相当よね」
「相当って??」
「桐原放送協会、略してKHKなんて、並みのセンスじゃ到底思いつかないわ」
「考えたのは――麻井先輩だけど」
「りっちゃんのユーモアも――すごいよ」
「ユーモア、なのかなあ」
「行動力も発想力も常識外れ」
「まあ、そういう、常識外れなひとが……けっこうたくさん居るみたいで、桐原って学校は」
「――『漫画』よね」
「かもね。漫画みたいな」
「ブログは漫画より奇なり……か」
「そんなこと言わないものだよー、お姉ちゃん」
「だってっ」
「ブログがどうとか言い出すのは最後の最後までとっておくべきだよ」
「それをわたしに言わないでよっ!!!」
「――ごめん。ごめんね」
「――あんまり、怒ってないから」
「ホッとした」
「わたしの、サークルのこと、」
「ん??」
「もっと、知りたくならないの、わたしのサークルのことを」
「訊いてほしいの?」
「そう。訊いてほしいのよ。利比古には、もっとグイグイ来てほしいの」
「グイグイって、しょーがないんだから、お姉ちゃんは」
「しょーがないから…しょーがないのよっ」
「あーっ」
「とと利比古!? その反応は、どういう…」
「…混乱してない? お姉ちゃん」
「なっ」
「ぜったいそーだよ、こんらんしてきてるよー」
× × ×
「……お姉ちゃんの空手チョップ食らっちゃった」
「あ、あんたがおぎょーぎわるいからでしょっ、べ、べつにほんきで空手チョップしたわけじゃないんだからねっ」
「……言い回しがヘンだよ、お姉ちゃん」
「さ、さいきんの、ラブコメ漫画のヒロインは、こういうツンデレが流行ってるのよ」
「……ほんとうに、最近??」
「……」
「ちょっと、微妙じゃない??」
「……」
「ぼくも、漫画のこと、良くは知らないけども」
「……」
「お姉ちゃん、せっかく『漫研ときどきソフトボールの会』ってサークルに入ってるんだから――もっと、漫画のことを勉強するべきだよ」
「……」
「ねっ? もっと勉強しようよ」
「利比古ッ!」
「ヒャッ」
「あんたこそ! 勉強よ!! 勉強ッ」
「『勉強』、の意味合いが」
「うるさい」
「…お姉ちゃんが、ツンギレモードだ」
「ツンギレ!? なにそれ知らないわよ」
「……」
「高校生の本分は『勉強』よねえ!? 利比古。
夏休みの宿題、どっさり出たんでしょう。
姉をからかいにからかった罰ゲームとして、ここに宿題をぜんぶ持ってきて、ひたすら勉強しなさいっ」
「…あちゃあ」
「間の抜けた反応しないの!!」
「…鬼だなぁ」
「この夏は、利比古を甘やかさず――」
「――お姉ちゃんが、鬼になり切れる?」
「ハアァ!?!?」
「――わかるんだ」
「なにが、なにがわかるってのよっ」
「結局最後は、弟に甘くなっちゃうんだ、って」
「……」
「それが、お姉ちゃんでしょ? 図星でしょ?」
「……利比古」
「どーしたのー」
「あんた、性格、悪くなってない……!?」
「だれに似たのかな~」