朝ごはんの支度。
今朝は、某FMラジオ番組を流しながら、朝ごはんを作っている。
この番組は、選曲のセンスが、たいへんよろしい。
かゆいところに手が届く、といった感じ。
土曜の朝にもピッタリな選曲なのである。
パーソナリティが、意識お高めのトークをしちゃうのが、いささか気になりはするけど。
絶妙な選曲の……『対価』なのかしら。
× × ×
朝食後、後片付けをしてから、リビングで、スポーツ新聞に眼を通す。
3紙のプロ野球面を、なめるように読んでいく。
キャンプ情報をインプットするためだ。
『もういくつ寝ると、オープン戦か…』と思いつつ、新聞を閉じる。
× × ×
それからそれからわたしは、階段をのぼり、弟の利比古の部屋の前まで来る。
躊躇なくノック。
「――あ、お姉ちゃんか。なにか用?」
「あのね利比古。――あんたに、近況報告をしてほしいの」
「近況報告??」
「そうよ」
「どうして、わざわざ…」
「どうしてもこうしてもないっ」
部屋のなかに突っ込んでいく。
わたしながら……とっても、ゴーイン。
× × ×
「あんたの学校での様子を、さいきんあんまり訊いてなかったから」
「……そうだっけ」
「――無駄に正座ね、あんた」
「……」
「正座なんかしなくたっていいわよ?」
「……わかった。」
「はい! めでたく、足を崩せた崩せた」
「相変わらずだなぁ……お姉ちゃんは」
「あらー、口ごたえ?」
「く、口ごたえとは、ちょっと違うよ」
「……。ゆるす」
よかった……と安堵なご様子の弟に、
「ゆるすけど。
クラブ活動のこととか、勉強のこととか、教えてくれなかったら、やっぱり、ゆるさない」
「け……けっきょく、ゆるされないんじゃん、ぼく」
「教えてくれたら、ゆるすのよ? …もしや、教えたくないの??」
「い、いや……」
「利比古」
「……」
「あんた、わたしに説教したことあったよね。『あいまいな態度はやめてよ、お姉ちゃん』みたいなこと言って」
「き、記憶力いいね」
「いいに決まってるでしょ」
「うっ」
「わたしには、あいまいな態度取るな、って言っておいて、じぶんだけ、あいまいな態度取るってわけ!?」
弟は困って、
「……わかったよ。ちゃんと、お姉ちゃんに話してあげるよ」
「はい、いい子」
「……話すよ。ちゃんと聴いてね」
× × ×
「――なるほどねえ。いまは、KHKより、放送部のほうに、よく出入りしてるのね」
「不本意ながら、だけどね」
同級生の女の子が、頻繁に利比古を放送部に連れて行くらしい。
「部長の猪熊さんって子と、副部長的ポジションな小路さんって子に、利比古はタジタジであると」
「そうなんだよ、不本意だけど」
「よっぽど不本意なのね。…あんたの顔が、物語ってる」
「うん…」
だけど。
「ねえ、利比古。――『両手に花』っていうことば、知ってる?」
「し……知らないけど」
「なら、調べなさい」
「えぇ……?」
シチュエーションよ、シチュエーション。
ところで。
「放送部で同級生の女の子とたわむれるのもいいけど、学業のほうも、しっかりと両立させていかないとね」
「……お姉ちゃんらしくない正論だな」
「『らしくない』ですって!?」
「きゅ、急に怒り出すのはやめて」
「――ごめんごめん、過剰に反応しちゃった」
わたしが、わかってほしいことは。
「わたし、もうすぐひとり暮らしになるでしょ? ここから引っ越しちゃうでしょ? 利比古の勉強を見てあげる機会、必然的に減るでしょ?」
「それは、そうだね」
「だから、いまのうちに、あんたの先生役をしてあげたいの。――存分に」
「存分に……」
「そ」
わたしは少し背筋を伸ばして、
「利比古。あんたの得意な教科と苦手な教科を、2つずつ教えて」
「……どっちから?」
「得意なほうから」
「得意なほう? ……まずは、英語だな」
「ダメよ。英語を得意教科のなかに入れちゃ」
「ええっ!?」
「帰国子女でしょーが!! あんた」
「……チェッ」
「なによ!! 舌打ち!? あんたらしくもない」
うつむかないでよね……。
きょうは、若干生意気加減な利比古。
それでも、得意教科を2科目、教えてくれた。
「世界史と、政治・経済かー」
「ほとんど、消去法で挙げたんだけどね」
「どっちも社会科ね。…じゃあ、苦手教科は?」
「ウーン…」
「あ、わかったあ」
「な、なにが」
「苦手、ありすぎて困るんでしょう」
「――変にカンが鋭いよね、お姉ちゃんって」
「あんたの実の姉なんだし」
「……。ひとつめの苦手は、音楽」
「言うと思った」
「ふたつめは……そうだなあ、家庭科だなあ」
あら、まあ。
「どっちも、わたしの大得意な実技教科じゃないの」
「あいにく、ね」
「ショックだわ」
「え?」
「ショックよ。わたしの大得意が、弟のあんたの大不得意だなんて…」
「…人それぞれ、でしょ?」
「でもわたしとあんた、きょうだいよね」
「…だから、なに」
「きょうだいよね」
「身を乗り出しすぎだよ……お姉ちゃん」