「……」
「どうしたのよ利比古? 物思い?」
「……」
「黙ってちゃわかんないわよ」
促すと、わたしの可愛い弟は目線を上げて、
「昨日さ、同級生の猪熊さんって娘(こ)とビデオ通話したんだけど」
「去年のクリスマスイブに邸(ここ)に突然やって来た娘よね。あんたにプレゼント渡すために」
「……さすがの記憶力だね」
「記憶してないわけないでしょ」
利比古と関わりのある女の子なのなら、なおさら。
利比古は、
「彼女は基本的に『ですます調』で喋(しゃべ)るんだ」
「へーっ」
「怒ったりして感情が昂(たか)ぶると、タメ口になるんだけど」
可愛いじゃないの。
「可愛いわね。わたし、猪熊さんに興味津々になってきたわ」
「……お姉ちゃんが興味を示しすぎるのもコワいな」
「えーっ」
「昨日ね、訊いてみたんだ。『ですます調』になったのには、なにかキッカケがあったのかな? って」
わたしは期待を込めて、
「答えてくれたのかしら?」
と弟に訊く。
すると弟は、
「答えてくれたよ。だけど……」
ちょっとだけ迷ってから、
「だけど……人にはそれぞれ、プライベートでデリケートなところがあるからね」
あら。
「猪熊さんのために秘密にしておく、ってことかしら」
利比古は首を縦に振った。
「優しいのね、あんたも」
「配慮するよ、そりゃあ」
「わたしとは大違い」
「お、お姉ちゃんも、わきまえないとダメなんだよ!? いろいろと」
「あははは♫」
利比古は、苦いものでも食べたみたいな顔になって、
「お、お姉ちゃんっ。そろそろお母さんとビデオ通話する時間なんじゃないの」
「あー、そうだそうだ。わたしもビデオ通話する用事があったんだった」
「……軽くない?! なんか」
「え、軽いって」
「今後のことについて、重要なこと話すんじゃなかったの」
「そうともいうわね」
「……お母さんに対しては、そんなふざけかたしたらダメだからね」
「そうともいえるかしら☆」
× × ×
「利比古をイジめちゃったわ」
「イジるんじゃなくて、イジめたわけ?」
「利比古、コトバを失(な)くしてたし」
「あなたも悪い子ね、愛」
「あとで全力でフォローするもん」
「利比古、受験期なのよ? 不用意な接しかたしたらダメなのよ」
「だけどあの子、第一志望の入試はもう終わってるんだし」
母は苦笑いして、
「そういう問題じゃないでしょ」
と言う。
「だいじょーぶだいじょーぶ。平気よ。手ごたえMAXみたいだったから、あの子」
とわたし。
「第一志望の入試の手ごたえ?」
「そう。お母さんが無用な心配しなくても、合格してるわよ」
モニターの母はわたしをじっくりと見て、
「――安心していいのね」
と。
「もちろん♫」
『あなたもしょーがないわね……』というココロの声が聞こえてきそうな顔で、
「じゃあ、あなたの『新生活』のことに話を移しましょうか」
と母は。
「わたしだけじゃなくって、アツマくんもよ。お母さん」
「わかってるわよ」
「ひとり暮らしじゃなくって、彼との『ふたり暮らし』を始めるんだから」
「はいはい」
「楽しみしかないわ」
「ほんとう? 不安がないほうが、おかしくないかしら?」
「彼がついてるんだし」
「あーら」
母は愉快げな表情になって、
「あらまぁ」
と言い、それから、
「完全にアツマくんのお嫁さんね、あなた」
と突っついてくる。
恥じらい混じりのくすぐったさが、胸の奥に芽生えてくるけど、
「先走りすぎよ、まったくもう」
と母にツッコミを入れることはできる。
ツッコまれた母は、
「――初々しいわね」
とか言い出してくる。
わたし、「先走ってる」って言ったでしょ。
「だ・か・ら! お母さん、気が早すぎ。初々しいとか言っちゃヤダ」
「ハイハイ」
「まったく。」
「でもね、」
「……?」
「お父さんが言ってたのよ」
「!? お、おとうさんが、な、なにを――」
微笑の母は、
「『早く、アツマくんのお義父(とう)さんになりたいな~~』って」