もう2月下旬なのである。
早ぇ。
……さて、日曜なのであるが、おれは朝から喫茶店『リュクサンブール』にてアルバイトの勤めがあるのである。
平日に休みがあった代わり、日曜にシフトが入ってきたというわけだ。
このため、ニチアサのアニメや特撮番組を残念ながら視聴することができない……。
プリキュアも新しくなったというのに。
……まあ。
まあね。
バイト先決だし。
おれ、そもそもキッズじゃないのでね。
× × ×
日曜出勤ではあったのだが、朝からパワー全開。
ばりばりとホールを動き回るおれであった。
バイトの先輩が、「動きいいね!! アツマ君」と言ってくれる。
「はい!! プリキュア並みに動けてます」とおれは返す。
「プリキュア……?」と怪訝な顔になる先輩。
マズい。
調子に乗りすぎたか。
今期のプリキュアはデリシャスなのに、デリシャスの反対だぜ。
…お昼も近いし、プリキュアにはいったん意識の外に出てもらい、ひたすら接客に集中力を向けることにした。
……その、矢先。
カランカラン♫ と入店の音。
入ってきたのは、ハタチ行くか行かないかの、女子。
栗色の鮮やかな髪。
肩の後ろぐらいまで下ろしてある栗色の髪。
そして、
あどけなさをほんの少しだけ残しつつも、確実に『美少女』から『美女』に脱皮しようとしている、だれでもいっしゅんで眼を奪われるような、キレイなルックス……。
それからそれから、
160センチをほんのちょっと超えたぐらいの、背丈……!
そう。
間違いがあるはずもなかった。
おれんちの、愛が……『リュクサンブール』に、入店してきたのだ。
サプライズ。
なんにも言ってなかったのに。
そうだ。なんにも言ってなかったじゃねえか。
「……どうしたの? 接客してよ、アツマくん」
「……」
「お客さんを立ちんぼにさせる喫茶店なの? ここは」
「……ドッキリさせんなや」
「ドッキリ? なにが」
「……お好きな席に」
「あら、接客もなにもないのねえ~」
舌打ち、したい衝動を……かろうじて、抑えこむ。
× × ×
先輩がたが、ニヤニヤ。
店長まで、ニヤニヤ。
こもるところがあったら、こもってみたい、そんな気分だ。
震えながら、メニューを愛に手渡す。
口笛を吹きながら、メニューを読んでいく愛。
なんてヤツだ。
「じゃあ、とりあえず…プレミアムブレンド」
「……それだけで、いいんか?」
「プレミアムブレンド。」
「く……」
「わたしのオーダーは、プレミアムブレンド。」
笑い声が……耳に入ってきてねぇか?
幻聴か??
いや……これは、間違いなく……、
スタッフだけでなく、お客さんまでもが、笑いに包まれているような、そんなような……!
× × ×
プレミアムブレンドを3杯も飲み、愛は『リュクサンブール』の売り上げに微力ながらも貢献したのであった。
× × ×
「いいお店じゃないの。なにより、雰囲気がよかったわ。フードメニューも、こんど来たら頼みたいところね」
おれは黙りこくって、愛の背中を見ながら歩く。
「絵本がいっぱい置いてあるのね」
「…店長の趣味らしい」
「わたしはあまり、児童文学系統のことはわかんないけど」
おもむろに振り返って、
「ステキなお店ね、『リュクサンブール』って」
と、満面の笑顔で、言ってくる。
「……」
「また黙っちゃった。よくないわよアツマくん。沈黙は罪なんだから」
『おまえの笑顔の攻撃力にダメージ受けてんだよ……』なんて、言えるわけもなく。
攻撃力3000か、おまえの笑顔は。
立ち止まる愛。
おれに近寄り、腕を取る。
「罰ゲーム」
「…なにがじゃ」
「罰ゲームよ、あなたが、つれない態度を取るから」
「…ケッ」
「なによー、もう」
腕に、腕を絡めて、
「この体勢で駅まで歩くのよ」
「恥ずっ」
「罰ゲームだって言ってるでしょー??」
ひんやりとした冬の空気が、愛の腕の温もりで、中和される……のは、いいにしても。
愛が仕掛けた罠(トラップ)カードの効力が……、
邸(いえ)に帰るまで、持続しそうで。