重役出勤じゃないけど、自由登校期間の3年生という身分をフルに活用して、放課後から登校。
もちろん、まっしぐらにスポーツ新聞部の活動教室へ。
× × ×
「――どう? みんな、元気でやってる?」
入るなり、後輩部員たちに声かけ。
…すると、なぜか慌てぎみに、ヒナちゃんがわたしのもとに近づいてきて、
「あすか先輩、あすか先輩、」
「え、ヒナちゃんどーしたの、なにかあったの」
ヒナちゃんは、わたしの耳もとで、ないしょ話をするみたく、
『加賀先輩が。加賀先輩が……先週の木曜ぐらいから、ヘンなんです』
それって。
わたしが学校に来なかった合間に……ってことじゃん。
『……どんなふうに?』
ひそひそ声で訊き返す。
『あれを見てください……』
と答えるヒナちゃん。
彼女が指差すほうを見る。
……加賀くんの指定席に、加賀くんがいる。
だけど。
彼がにらめっこしている対象は、
いつもの、将棋盤ではなく、
「――なんで囲碁なの? 加賀くん…」
思わず、わたしの口から、ツッコミのことばが出てしまった。
9路盤、っていうんだよね?
初心者向けに使われるっていうタイプ。
その……9路盤に、将棋キャラだったはずの加賀くんが、碁石を……置いている。
心配になって、加賀くんのもとに歩み寄り、
「将棋から囲碁に転向しちゃうの!? 心境の変化!?」
と言うわたし。
彼はむっつりと押し黙るばかり。
「な……なにか言ってよ」
「……」
「ね……ねえ、加賀くんっ」
「……」
「ショックなことでもあったの!? だったら、部長のわたしに――」
――彼の目線がスッ、と上がって、
「あった」
ええっ……。
「あった。ショックなこと、あった」
「それは……いったい、どんな」
「……ここで言えるわけねーだろ」
彼はガタン、と立ち上がって、
「おれからの、あすかさんへの、最後のワガママだ。
――ついて来てくれ」
× × ×
グラウンドへと続く石段の、最上段の、端っこ。
ふたりして腰を下ろしているが、なかなか加賀くんが話を切り出してくれない。
……。
仕方なしに、
「ちゃんと眠れてる?」と、わたしのほうから訊いてみる。
彼は軽くうなずく。
「じゃあ、ごはんは、ちゃんと食べれてる?」
同じリアクション。
「……。
そっか。」
彼が無口なので、どうすることもできず、夕空を見上げるほかない。
気まずさレベルが上昇してくる。
× × ×
10分間、あるいは15分間、あれこれと考えていた。
どう対処したらいいのか。
話があるんじゃなかったの?
だから、わたしを外に連れ出したんでしょ。
ねえ。そうなんだよね? 加賀くん。
「……困っちゃうじゃん。どうしていいか、わかんなくなっちゃうじゃん」
気づいたら、言っていた。
「最後のワガママだって、言ったよね? キミ。ワガママなのなら、しっかりワガママになってもらわないと、困るんだけど」
わたしの、本心。
「部活では、わたしはキミの『おねーさん』、なんだからさ。どーんとぶつけてきてよ、ワガママを。いまだったら、どんなワガママだって、受け止めてあげられる自信があるから」
……わたしから、顔を逸らしながらも。
彼は。
「……ショックなことが、あった」
「……もっと、具体的に」
「……先週、さ」
「うん」
「部活、終わって、解散して。下校、しようと思って。帰り道、歩き始めて。少し……したら」
「少ししたら?」
「少し……したら……少し、少し、したところで……」
「……うん。」
「……徳山さん、が、さ、」
「徳山さんが?」
「徳山……さん、が……、男子、と……いっしょ、に、歩いてる、のが……それが……、眼に……」
「――その男子、わたし、心当たりある」
「……」
「残念だけど…ね。残酷でも、あるけど」
徳山さん。
加賀くんの、あこがれ。
だけど、あこがれの彼女は、元・生徒会副会長の、濱野くんと。
文化祭の後夜祭で、濱野くんが徳山さんに手を差し出した瞬間から、
加賀くんのあこがれが、あこがれのままに終わってしまうということは、たぶん――。
「――悔しい?」
「…うるせえよ」
「――後悔、ある?」
「…だから、るっせえって!!」
動じず、
「ティッシュペーパー、あるけど」
「……それがなんなんだよっ」
「用意がいいでしょ、わたし」
「……グーゼンだろ、ティッシュ、あったのは」
「ほんとうかなあ」
「…………ちくしょぉっ」
ティッシュを、渡したあとで、
飲み物を、買ってあげよう。
どんな飲み物が好き? ――加賀くん。
おねーさんに、教えてよ。