「きのうはチョコパイ食べすぎてごめんね、ヒナちゃん」
ヒナちゃんに謝るわたし。
「ほとんど、わたしが食べちゃって」
ヒナちゃんは、
「あすか先輩が糖分補給できたなら、いいですよ」
優しいなあ。
だけど、
「ヒナちゃん、きょうは――お菓子、持ってきてないんだね」
もしや。
「わたしが、チョコパイぜんぶ食べ切っちゃったから!? チョコパイの残りを、きょうのぶんに回したかったんじゃ……」
「先輩、先輩、落ち着いて」
ヒナちゃんは冷静だ。
「チョコパイにそんなにこだわってないですって。ただ単に、新しいお菓子を買う時間がなかったってだけですよ」
「――あ、そうだったの」
× × ×
「取材行ってきまーす」と、ヒナちゃんは活動教室を飛び出した。
「……物足りないですか? ヒナちゃんのお菓子サービスが、きょうは無くて」
「ソラちゃん」
「チョコパイ、美味しかったですもんね。――ヒナちゃんのお菓子も、定番化した感じだし」
「ま、まあ、毎日お菓子たくさん食べたら、糖分過多になっちゃうからね。お菓子を食べない曜日があってもいいんだよ」
「じゃあ、水曜日を、『お菓子我慢デー』にでもしますか?」
笑い顔のソラちゃんの、提案。
「そ、それはさ、ヒナちゃんと、要相談だよ」
「たしかに。先輩は、やっぱりかしこい。気くばりも、あって」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「……」
× × ×
スポーツ新聞部という看板なんだし、お菓子だけで話を引っ張るのもアレだと思ったから、ちゃんと取材をするんだと決意した。
わたしは活動教室を飛び出していく。
……実のところ、どの部活を訪ねてみるか決めていなくって、廊下を歩きながら悩み続けた。
どうしよう。
どうしよっかなぁ。
ふと――壁に貼られた文化祭のポスターに、眼が留まる。
『あしたのために、ひたすらに、あしたのために』
――これが、今年の文化祭の、キャッチコピーだ。
ひとりで何個もコピー案を『目安箱』に投函(とうかん)したひとがいて、そのひとの熱意を買って、生徒会がコンペの末に決定したらしい。
だれが目安箱に、案を入れたんだろう?
ミステリー。
「あしたのために、
ひたすらに、
あしたのために」
――7・5・7のリズムのキャッチコピーを、つぶやいてみた。
そしたら――斜め後方に、ひとの気配、女子生徒の気配。
まさか……と思って、振り向いてみると、
「ひゃっ、徳山さん」
「そんなにビビるものでもないでしょうに、あすかさん」
「……ごめんなさい」
「偶然が続くわね」
「だね……放課後に、偶然会うこと、多いよね」
彼女は苦笑い。
それから、わたしと肩を並べて、ポスターに向く。
やっぱり、わたしよりだいぶ、背が高い……たしか、身長は165センチくらいあって……。
そんなふうに思いつつ、彼女の横顔を見やる。
すると。
彼女が――いつも以上に、険しい眼つきになって、ポスターを見ていることに気づいた。
「――気に入らないの? ポスターが」
思い切って、訊く。
すると、
「ポスターが気に入らないんじゃないの。コピー。キャッチコピー」
「えっ。キャッチコピーが……だめなんだ」
なんでなのかな?
徳山さんは言う、
「前時代的なロマン志向を……どこまで引きずるっていうのよっ」
む、むずかしいこと言ってる、徳山さん。
難解。
高校生には難解すぎるぐらい難解。
当の徳山さんだって、高校生なんだけどさ。
「意味深だね……徳山さん」
ポスターを見ながらわたしは言ったのだが、
いつの間にか、音も立てないかのごとくに、風のように、
徳山さんは――その場から去っていた。
× × ×
文武両道の下関くんが、ボクシング部の練習所からほど近い樹(き)にもたれて、教科書を読んでいる。
「ボクシング部には顔出さないの?」
訊いてみる。
教科書をパシン、と閉じて、
「OBになった身分があの場に長時間いるのは、部にとってマイナス要素にはなってもプラス要素にはならない」
「OBが居座るのもありがた迷惑…ってことか」
「要約してくれてありがとう」
「はは……」
わたしが曖昧に笑っていると、
下関くんは、
教科書を脇に挟んで、
樹に背中をつけたまま、
無言で、
わたしの顔をジッと見る。
彼の目線……少しづつ、下がっていってるような気もして。
正直、なにかしゃべってほしい。
このシチュエーションは、微妙すぎるよ。
「どうしたの……? 下関くん」
「……」
し、しっかりしてほしいんだけど。
…しばらくして、彼の目線が上がった。
上がったけれど、今度は目線が、わたしの顔からそれていく。
ようやく、口が開く。
「……もう、見てるよな、ポスター」
「ポスター?? ……見てるけど、とっくに」
「あしたのために、ひたすらに、あしたのために」
「う、うん。そういう、キャッチコピーだったよね」
「あのさ、」
「ん、んっ??」
いつの間にか、彼は、わたしと眼を合わせて――、
「――『目安箱』って、知ってるだろ」
ドキン、とした。
『目安箱』を、話に持ち出してくるってことは。
「せっ、生徒会室の前に、あるよねっ、知ってる」
「……それで、その……おれは、あの『目安箱』に……勇気、出して、」
話の先が読めた。
だれだって、読めてしまう、話の先。
ミステリーが、あっけなく、解(と)ける。
「下関くん。
今回のキャッチコピーの、生みの親って――」
なぜだか震えるわたしの声。
わたしの声の震えに呼応するように、うつむき顔になって、
『その先』を言うのをためらって、
ためらった果てに、
「――悪い」
そう、言い捨てて、
ボクシング部練習所とは反対方向に、駆け出していってしまって……。
下関くんは嵐のように消えた。
取り残されるわたし。
× × ×
『あしたのために、ひたすらに、あしたのために』
…キャッチコピーにまつわる謎。
『だれが?』は、解けた。
一方で、
『なぜ?』は、少しも解けていない……。