今週の授業も終わった。
いよいよ2月から、わたしたち3年は、自由登校になる。
さすがに、卒業を、意識する…。
長いようで、短かったし、短いようで、長かった。
楽しかった。それは、嘘偽りなく言うことができる。
いろいろあったよねえ…。
わたしに残された仕事。
それは、かわいい後輩たちに、スポーツ新聞部を引き継ぐことだけ。
× × ×
またボクシング部の練習場の前に来てしまった。
下関くんが気がかりで仕方がないのだ。
静かに世界史教科書を読みふける下関くん。
わたしは彼の正面に立ってみる。
「…ジャマかな?」
「…ジャマじゃないよ」
「そう言ってくれて、ありがと」
下関くん、無言。
世界史教科書のページをめくる手が速くなったかと思うと、唐突に教科書を閉じて、脇に置く。
うつむいて、「……」と無言。
上げてほしい目線。
…でも、この角度だと、彼が目線を上げてしまうと、わたしにとって不都合かも。
…。
まあ、よし。
ネクタイをつまみつつ、
「この制服とも、もうすぐおさらばなんだよね」
「……」
「下関くんは、制服、名残惜しい??」
「……」
「わたしは、名残惜しい。このネクタイの、色合いとか」
「……」
「あ、いま目線は上げなくていいからね」
大仰に眼を逸らす下関くんであった。
ははは……。
× × ×
「……。いつまであすかさんはこんなとこで油を売るつもりなんだ」
「わたしがバカバカしいことを言ったから、呆れた?」
「……違う」
――低い目線で、
「おれが……これから言うことのほうが、よっぽどバカバカしいと思う」
「え、なに」
「――、
このベンチに、寝っ転がっても構わないか」
「――どゆこと」
「雲が。雲が――見たくってさ」
「だから寝転ぶっていうの」
「…おれらしく、ないかな?」
「…。正直に言わせてもらえば」
「…残念だな。」
宣言通り――下関くんは、ベンチに仰向けに横たわった。
「……」
「……」
× × ×
自販機付近の木陰に、わたしは移動。
まだ下関くんは、ベンチに寝転んで、雲を観察し続けている。
「――飽きないの?」
「飽きないな」
「受験勉強の4文字が、どっかに消えていっちゃったね」
「ああ。」
「下関くん」
「なんだ」
「東京大学、っていう4文字まで――どうでも、いいわけ?」
「……」
なにか答えてよ。
「なにか答えてよっ。イラッとしちゃうじゃん」
「……休憩なんだ、いまは」
煮え切らないなぁ……!
怠けて寝ている下関くんに、完全に背を向ける。
黙って、べーっ、と舌を出す。
下関くんは見ることのない、あっかんべー。
「わたし、コーラ買ってくる。買って飲んだら、別のとこに行くよ」
言うやいなや、自販機に行き、小銭を突っ込む。
……ごくごくごくと、コーラを早飲み。
空き缶を捨てる。
それから、下関くんが絶賛ゴロ寝中のベンチ付近に、歩いていく。
怠けた姿勢を正さずに、
「もう行っちゃうのか、あすかさん」
とか言ってくる彼。
「怠けてられないの」
「……スゴいな」
「ひとつ。ひとつ、下関くんに言いたいことがある」
「ん?」
「東大合格は、金メダル」
「?」
「で、わたしはただの、作文オリンピック銀メダルにすぎない」
「……?」
それっきり、わたしは口を結ぶ。
「どういうことが、言いたいの? ……きみは」
答えてあげない。
わたしのレトリックも、ぜんぶ、
ぜんぶ、風のなか。
× × ×
ふらふらと、進路指導室近辺に近づき、壁に掲示してある国公立大学の偏差値表を見てみる。
――東大も、京大も、すごい数値。
金メダルどころの価値じゃないのかも。
……ますます、ぶり返してくるじゃん、煮え切らない下関くんへの、フラストレーションが……!
――おっ?
よく知っている女子生徒が、進路指導室から出てきた。
165センチ前後の、引き締まったスタイル。
怒りっぽいのが玉にキズだけど、よく見なくたって綺麗なルックス。
クラスメイトで委員長の、徳山さんだった。
『そーだ。
下関くんと中学が同じだった徳山さんに、彼への不満をぶつけてみよう』
そう――わたしが、
思いかけた、瞬間に、
バァン、と……けたたましい音が立って、たじろいだ。
なにが起こったかというと。
徳山さんが……ものすごく強いちからで、進路指導室の扉を、閉めたのだ。
扉が、壊れるんじゃないか……と思うくらいの、勢いだった。
……なにごと!?