制服ではなく私服を着て、家を出る。
高校でもなく大学でもなく、予備校に向かって……家を出る。
× × ×
『1年待って』
濱野くんに、そう伝えた。
濱野くんは無事に進学し、
わたしは無事に浪人する。
1年間、彼との関わり合いは……お預け。
1年経って、胸を張って、ふたたび彼と向かい合えるように。
そのために、努力しなければならない――。
× × ×
で、めでたく予備校生活が始まろうとしているわけだけど、
「――小野田さん。
あなた、わたしに付きまとってるわけじゃないわよね!?」
ハンバーガーを食べていた小野田さんが、顔を上げ、
「なんでそう思うかなあ」
「だって……!」
「だって?」
「……浪人する予備校までいっしょだなんて、偶然だとは思えない」
いつもと変わりなくポーカーフェイスの小野田さん。
彼女は言う、
「高校が4年ある、と思えばいいんじゃん」
「なっ…!」
「楽しいよね。青春が1年伸びるみたいで」
青春、って。
「小野田さんあなた、なんのために予備校に通うか、わかってるの!?」
「楽しく勉強するため」
…「楽しく」を極度に強調して、言う彼女。
肩を落とし、ため息のわたし。
「なんだなんだ、徳山さん、ぜんぜんバーガー食べてないじゃん。フレッシュネスできてないじゃん」
…わたしと彼女は、フレッシュネスなバーガーショップに来ているのだ。
今後、このお店の常連と化しそうで…怖い。
わたしはポツリと、
「意外だった」
「なにがー?」
「あなたが、現役で合格できなかったこと」
小野田さんは、表情を変えず、
「そんなに、意外ー?」
「成功体験の積み重ねだったじゃないの、あなた」
「例えば」
「わたしを蹴落として、生徒会長の座についたりとか」
ほかにも、彼女の成功体験は、いろいろ思い浮かぶ。
なにもかもがイージーモードみたいだった彼女。
なのに、
「肝心なところで――失敗したから、驚いた」
わたしのことばを受けて、心持ち真面目顔になって、
「肝心なところで失敗、か。
そう言われてみれば、そうなのかもね」
「……」
「だけど。
失敗の先には、必ず成功があるって――わたし信じてるから。
失敗より何倍も大きな、成功が」
× × ×
前向きすぎて、早くも負けてしまいそう。
眼の前の彼女に対して、そういう思いを抱きながら、ハンバーガーを食べていく。
バーガーを食べ終えて、ジュースを飲んでいると、
「わたしと徳山さんは、同じクラスになったわけだけど」
と不都合な事実を告げてくる小野田さん。
カップを置いて、「あいにくね」とわたしは相づちを打つ。
小野田さんは微笑みながら、
「わたしたちのクラスの、もっともっと上のクラスがあるじゃん?」
「…あるけど?」
「わたしたちより偏差値上なクラスがいくつかあって、最高が、東大受験レベル」
「…そうだけど?」
彼女は、ニヤリとして、
「その、東大受験クラスにさ……下関くんが、いるみたいなんだよ」
「……嘘でしょ」
ヒビキ!?
ヒビキ!?!?
ヒビキまで、わたしと同じ予備校に……!?
× × ×
「知らなかったのかー。徳山さんと下関くん、幼なじみじゃなかったんだっけ」
「……中学が、同じなだけ」
「でも、お互いに下の名前で呼び合ったりとか、親しげだったよね、高校のとき」
「心外ね……ぜんぜん親しくなんかないから」
「アハハ」
「なにがおかしいの」
「……」
「ね、ねえっ」
「……下関くん、ってさ」
「……?」
「――やっぱなんでもない」
中途半端に含みをもたせたまま、話を打ち切らないでよ……と不満を抱きつつも、ふたり並んで、オリエンテーションが行われる教室へと歩く。
教室まであと少し、という地点まで来て、小野田さんが腕時計をチラ見して、
「まだ時間があるな」
「……また、良からぬ企み?」
「わぁっ!! なんでわかったの、スゴいね徳山さん」
「ヒビキの教室を覗きに行くつもりなんでしょ」
「完全正解」
「わたしは付き合わないから」
「え~、ドッキリさせちゃおうよ、下関くんを」
「別に、ヒビキのことなんか…」
「濱野くんが、いるもんね」
「……意地悪ね。意地悪過ぎる、あなた」
「……」
「なに?? 含み笑いもいいかげんにして」
「……。
下関くんは、下関くんでさ」
いったんことばを切り、天井を見上げて、
「いろいろあったみたいだよ」
なにがあったっていうのよ……。
「いたわってあげたら?」
笑いつつ言う小野田さん。
冗談じゃない。
「ヒビキをいたわる理由なんて、わたしには無いっ」
「強情だなあ」
……。
「……もし、児島くんまで、この予備校にいるとしたら、ヒビキにとって最悪よね。最大の因縁があるんだから。
もっとも――そんなふうな偶然、起こりうるなんて、ありえないことだけども」
「――いるよ? 児島くん」
「えっ、えっ、えっ、」
「そんな偶然も――起こるんだな、これが」
× × ×
なんだっていうんだろう。
ひとつの予備校に、いろいろな偶然が……吸い寄せられるようにして。
偶然の寄せ集めのもとで、
波乱の4月が……始まっていく。