【愛の◯◯】『スポーツと音楽に詳しい人材求む』

 

はい!

わたし、戸部あすか!

きょうから、大学生!

 

× × ×

 

入学式もあっさりと終わり、わたしはキャンパスを歩いていた。

 

それなりの偏差値の、それなりの規模の大学。

 

4月の初日ということもあって、新入生勧誘は活況を呈している。

それなりの規模の大学…って言ったけれど、それなりの規模であることを感じさせないくらい、新歓は大いに盛り上がっている。

 

賑やかで、いいことだ……と思いつつ、キャンパスを歩く。

テニスサークルのビラ配りを適当にやり過ごしたりしつつ、ちらちらとブースに眼を配ったりもする。

 

文芸系サークルのブースが並んでいる一角。

そこに――なんだか、場違いのような、小さなブースが、ひとつだけ。

 

わたしは不思議に、その場違いブースに、注意を惹きつけられた。

吸い寄せられるようにして、そのブースの前に立ち止まる。

 

高校の教室にあるような机が、ふたつだけ置かれている。

机の上には、『PADDLE』という題の冊子が、うず高く積まれている。

初めて見る雑誌だ。

いわゆる、ミニコミ誌……かな?

文字だけの表紙だけど、デザインはなかなか洗練されている。

 

さすが、大学生が作る雑誌。

高校生の校内新聞とかとは、一味違う。

 

……そういう感想を抱いて、ブースの椅子に腰かけている男子学生と、向かい合った。

 

4月の気温には場違いな、服の着込みかた。

顔半分ぐらいを覆うマスクに、メガネ……。

 

容姿より……気になるのは、『このひと、起きてるのか寝てるのか、見分けがつかない』ということ。

わたしが顔を向けているのに、ずーっと黙ってるんだもの。

 

反応してくれないのかな……? と思っていたら、スーッと雑誌『PADDLE』を差し出された。

依然として彼は無言。

受け取るしかないから、受け取った。

 

「あのっ、タダでいただいても、いいんでしょうか」

訊くわたし。

彼は…小さく、2回、うなずく。

 

 

× × ×

 

結局その日、新入生のわたしが関わったサークルは、場違いでそこはかとなく怪しい『PADDLE』だけだった。

 

…いや。『サークル』なんだろうか? 『サークル』といってほんとうにいいんだろうか??

だって…たぶん、あの男子学生が、ひとりで運営してるんでしょ。

ひとりだけで。

 

ただ……。

ひとりで雑誌を作って、ひとりで販売したり配布したりしているにしては、ずいぶん洗練された紙面なのだ。

彼ひとりだけ、というのは見立て違いで、アシスタント的な存在が、バックに何人もいたりするのかも。

でも、だとしたら……あの小規模ブースは、なに??

やっぱり、彼ひとりだけでやっているとしか、考えられない。でないと、整合性が……。

 

× × ×

 

提供された『PADDLE』をよく読んでみると、やっぱり彼の個人制作である可能性が濃厚になってきた。

 

責任編集 結崎 純二

 

裏表紙のひとつ前のページに、そう書かれていて、彼の名前のほかにはだれの名前もない。

 

ちなみに裏表紙は、全面広告である。

どうやって広告を集めているのかは……謎。

 

 

『PADDLE』は本来定価300円だった。

新歓用に、300円まけてくれた、ということか。

 

内容。

内容は……中高生、とくに男子中高生が興味をそそられそうなものが、メイン。

といっても、いかがわしいたぐいの記事は、一切ない。

そして、漫画も一切掲載されていない。

漫画研究会のひとに漫画を描いてもらうとか…そういうこともせず、文章オンリー。

しかも、記事は文章オンリーで、その文章は、『結崎 純二』さんの独力(どくりき)で書かれているのだ。

この、『結崎 純二』ってひと……相当の筆力(ひつりょく)。

 

男子中高生向けの記事だけではない。

ミニシアター系映画。小劇場演劇。前衛美術。

そういったカルチャーな面にも気を配っていて、そんなところが紙面に「厚み」を与えている。

 

そして、なによりも。

わたしが、『PADDLE』でいちばん注目したのは、

 

スポーツと音楽に詳しい人材求む

 

という――終わりのほうのページにさりげなく書かれていた、そんな『勧誘』だった。