【愛の◯◯】波乱は、最後の最後に、待ち受けていて。

 

式典も、最後のホームルームも終わって、校舎の外。

 

スポーツ新聞部の面々にわたしは囲まれている。

 

感極まった声でヒナちゃんが、

「あすか先輩、がんばりますから、あたしたち!! 末永くスポーツ新聞部が続いていくように、一生懸命がんばりますから!! あすか先輩があたしたちに教えてくれたこと、ずっとずっと、ぜったいのぜったいに、大事にし続けますから……!!」

 

ソラちゃんも、眼を潤ませつつ、

「頼っていいですか、これからも? わたしたちが困ったときは。……いいえ、頼らせてください、ぜひとも。アドバイス、ください。ワガママかもしれないけど、この先もあすか先輩には、わたしたちの支えになってほしい……見守ってほしい……!」

 

「よしよし、ふたりとも」

笑って、1年生女子コンビをなだめる。

…ふたりの、『おねーさん』だ、わたし。

 

「戸部先輩」

会津くんが、

「加賀先輩への部長の引き継ぎは、まだでしたよね?」

と訊いてくる。

「この場で、加賀先輩に部長を引き継いであげるのは、どうでしょうか」

 

あー。

たしかに。

たしかに、ね。

 

「それもそうだねえ」

そう言いつつ、加賀くんを見る。

「…や、『それもそうだねえ』じゃないだろ」

加賀くんのツッコミをいただく。

最後の最後まで……加賀くんは、ほんとにもう。

「キミは最後まで素直になれなかったね」

「…素直、ってなんだよ」

「……」

「こ、こら、なんとか言え。なんとか言ってくれ」

「――加賀くん」

「ん……」

「やろっか」

「な、なにを、だ?」

 

そーゆーところだよ、まったく。

 

「だからー。この場で、キミに、わたしの部長職を――」

 

――言いかけた、まさにそのとき、だった。

 

いつの間にか――下関くんが、わたしの眼の前に立っていた。

 

加賀くんは、下関くんを警戒するような眼。

ヒナちゃんとソラちゃんも戸惑っている。

 

「ボクシング部の…下関先輩ですよね? 申し訳ないんですが、いま、大事なところで…」

会津くんが言いかけるけれど、

「いいの、会津くん」

と制して、

「わたしが応対するから」

と、まっすぐに下関くんを見る。

 

「なにか、用?」

尋ねてみる。

なんなんだろう。

彼に貸してるものとか、なんにもないし。

渡したいものがあるようにも見えないし。

あるいは。

「――あ、インタビューしてほしかった、とか? 卒業前に、在校生に向けて言っておきたいことがあった、とか――。メッセージ残したいなら、あとでわたしが聴いてあげるけど」

 

「……違う」

 

「?」

 

「そんなことじゃないんだ。校内スポーツ新聞とは、なんの関係もなくって」

 

それなら、いったい、どんなことと関係があるっていうんだろう。

思い当たらない。

彼は、なにを思って、わたしの前に――。

 

「あすかさん」

彼は言う、

「ちょっと、来てほしい」

 

「来てほしい」って、言われても。

 

「あとで、じゃ、ダメ? こっちも取り込み中で――」

 

「――ダメだ。ダメなんだ」

 

「――下関くん?」

 

「いまじゃないと、ダメなんだ。いまじゃなかったら、一生後悔するから」

 

わけがわからない。

わけがわからない……が、横から、加賀くんが、

「あすかさん、聴いてやったらどうだ……? 下関先輩の話を。おれのことは、後回しでぜんぜんいいから。……マジで、いま聴いてやんなきゃ、一生後悔しそうな顔してるぜ、下関先輩」

 

「そんなに……大事な話なの、下関くん」

尋ねるわたし。

 

「ああ。大事だ」

答える下関くん。

 

「来てほしい。」

言うと同時に、背中を向ける。

ついて来てくれ……という意志のこもった、背中。

 

 

 

× × ×

 

告白、なわけ、ないよね?

 

そんなわけ、ないよ。

 

きっと、恋愛感情とかそういうの以外で、わたしに伝えたいことがあるんだろう。

 

卒業って、大きな区切りだし、その、区切りとしての、メッセージが、言いたいんだ。

 

わたしとは、いろいろ関わりがあったんだし。

 

関わった、からこそ、吐き出さずにはいられないようなことが、彼のなかには、あるんだ。

 

例えば、『いろいろ世話になった』とか……そう、そういう感謝のメッセージ。

 

たぶん、そうだよ。

 

そういう気持ちなんでしょ。

 

彼の性格を考えてみても。

 

誠実さを、届けたい。――そういう意志に突き動かされて、わたしの前に立ったんだよね。

 

そうだよね。そういうことでしょ?

 

下関くん。

 

× × ×

 

 

 

ボクシング部の練習所の、裏。

 

「――ここ、初めて来た」

わたしは言う。

「99%ふたりきりになれるような場所を選んだって感じだねえ」

 

押し黙る下関くん。

 

「わかるよ、ふたりきりになれるような場所で話したいっていう、下関くんの気持ち。……下関くん、不器用なほうだから」

押し黙る下関くんに、

「だから、たとえ恋愛感情とかそういうのじゃなくっても、こうやって、向かい合えるシチュエーションを作って――伝えたいことを、伝えようとする。――下関くんらしいと思うよ」

 

なおも押し黙る下関くん。

こころなしか、目線が下向き。

 

「うつむかなくたっていいのに」

 

呆れちゃうじゃん。

 

「さぁ、早く言っちゃおうよ、言いたいことは。メッセージ、どーぞ?」

 

目線は、上がるが……口ごもる。

 

まったく。

男子って、なんで、こうなんだろ。

 

「優柔不断じゃないっていう認識だったんだけどなー」

 

最後ぐらい、ガッカリさせてほしくないんだけど……という気持ちを込めて、彼への距離を詰めていく。

 

うろたえる。

うろたえる、けど。

次第次第に、うろたえ顔は、覚悟の顔に、変わっていって。

 

スーーーッと息を吸って。

それから。

それから、それから。

 

「あすかさん。言いたいことは、ひとつだけだ」

 

「――うん。」

 

「おれは……、

 きみが、

 きみのことが、

 ずっと……好きだった」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ウソでしょ」

 

「ウソなもんか」

 

「どういうことなの、好きって、いったい……」

 

「きみが動揺してどうするんだ。好きってのは、好きってことだ」

 

「なんなのそれっ、答えになってないっ」

 

「……恋愛感情だよ。きみといると、きみと関わっていると、胸がドキドキする。きみといる時間は、代えがたい時間なんだ。そういう、幸せな時間を、いつも、ドキドキしながら過ごしていた。

 ……怖かったんだ。終わるのが、怖かったんだ。卒業したら、きみとの空間がなくなって、きみとの時間が終わってしまう。終わってしまうならば、せめて、好きだということの告白だけは、しておきたくて……。だけど、できるならば、」

 

 

やめて。

その続きを、聴かせないで……!

 

 

「できる、なら……おれと、つきあってほしい」

 

 

すべてが真っ白になった。

 

真っ白な状態が続いて……世界の色を、なかなか、取り戻せなくて。

 

気が動転して……その場に踏みとどまってはいられたけれど、なんで踏みとどまり続けていられるのか、じぶんでも不可解で。

 

とにかく、戸惑いに、わたしは、打ちのめされていて。

 

どうすればいいの!?

 

どう言えば……いいの!?

 

答えなきゃ……。

 

「つきあってほしい」に対する答えを、言わなきゃ……!!

 

 

 

 

「……ごめんなさい。」

 

 

 

 

絞り出した答えが、それだった。

 

 

「下関くん、ごめんなさい。あなたとは、つきあえない」

 

 

理由を、彼に訊かれるのが、この世でいちばん怖かった。

 

怖くて、怖くて、怖くて。

 

「つきあえない」と言った瞬間に、彼を、放り投げるようにして……全速力で、走って、その場から……逃げた。