「妹よ」
「なに」
「おかわりくれ」
「え!? おかわりなら、じぶんでよそえばいいでしょ」
茶碗を突き出して、
「頼むよ~、よそってくれよ~、あすか」
とおれは主張。
「…気が乗らない」
とあすか。
なんだよそれ。
かくなる上は、
「よーし、だったら、ジャンケンで勝ったほうが、ごはんをよそう、にしようや」
と提案。
「なんで、たかがごはんのおかわりぐらいで、そんな回りくどい手続きをしなきゃいけないの」と妹。
「……わかったよ。今回は、わたしがよそってあげる。次からは、お兄ちゃんがじぶんでやんなきゃダメなんだからね」と妹。
勝ったー。
× × ×
またもや妹が朝飯を作ったわけである。
『自由登校期間で、時間もあるし……』と言っていた。
まあ、愛のひとり暮らしももうすぐ始まるわけだし、あらかじめ自炊スキルを磨いておくのは、良いことだろう。
「われながら、良くできた妹だ。うんうん」
「……なにヘンテコな日本語しゃべってんの、お兄ちゃん」
「ヘンテコか?」
「そうだよ。おかしいよ」
「かなぁ」
「ところで――」
「え、なんなの。突拍子もないこと、これ以上言わないよね!? お兄ちゃん」
言わねーよ。
「――ごちそうさま、あすか」
「エッ」
「だから、ごちそうさま! あすか」
「……」
勢いよくおれは立ち上がる。
妹を、正面に見て、
「おいおい。またエプロンがずれてるんじゃねーのか?」
「ず、ずれてなんかないもん」
「ずれてるよ」
「ずれてないからっ!!」
「おれが、ちゃんとしてやるよ」
「さわってくる気!? ド変態」
「ヒドい言いようだな」
「エプロンぐらい、じぶんでなんとかするよ」
「ほんとうに、ひとりでできるか~??」
「キモっ!! キモすぎ」
『――あすかちゃん。そんなに暴れると、エプロンがますます、ずれていってしまうよ』
…流さんがダイニングに入ってきたのである。
まさに、鶴の一声。
その鶴の一声に、あすかは顔を真っ赤にする。
…また、勝った。
× × ×
「朝からなんでこんなに恥ずかしい思いしなきゃなんないの。兄貴のせいだよ」
「こらー。兄貴じゃなくてお兄ちゃんと呼べ?」
「やだもん」
「出たー。反抗期」
そこらへんにあった某サンリオキャラのぬいぐるみを投げつけてくるあすか。
「コントロール、最悪だな」
「ばか…」
「ぬいぐるみは大事に扱えよな」
余裕のおれは、リビングのソファに座って、
「あしたはおまえの卒業式なんだろー?
あしたに向けて、あたまを適切な温度にしといたほうがいいんじゃねーのか」
「…適切な温度??」
「つまり、あたま冷やせってこと」
「……。
ダメ兄にしては、いいこと言うじゃん」
おっ。
「あしたが高校の卒業式なこと、完全に意識から抜けてたよ」
「それはいかんなぁ」
「そうだよね。卒業なんだよね、わたし」
「名残惜しいか?」
「それはもう」
「あすかの泣き顔が、あしたは見られそうだな」
「――来るの? お兄ちゃん」
「そりゃそうよ」
「キモっ」
「心外な」
「お母さんだけでいいのに」
「これはひどい。あすか史上例を見ないひどさだ」
「朝からずーっとキモい口ぶりなんだから……やめてよ」
大仰に、咳払いをして。
「あすか。おまえの家族は、母さんだけじゃないだろ?」
「わかってるよ……お兄ちゃん、『おれも家族なのを忘れんな』って言いたいんでしょ、どうせ」
「よくわかったな」
「当然」
「そうだ。おれも、おまえの家族だ。
だが……おまえの家族なのは、母さんとおれだけじゃない」
「?」
おれは、笑顔になって。
「父さんも……そうだろ」
「あ……!」
「忘れるなよ。父さんのことを」
しんみりとしてしまうあすか。
おれは一気に、座る場所の距離を詰める。
……やがて、起きてきた母さんが、リビングに現れ、
「どしたのー? 兄妹ゲンカの、仲直り中?」
と訊いてくる。
「…そんなんじゃねえよ」
「ふぅん」
「母さん。あすかを元気づけてやってくれ」
「? どうかしたの、あすかが」
「ちょっとばかし……センチメンタルになっちまったんだよ。
9割がた、おれのせいなんだが」
母さんがあすかのとなりに座る。
おれは少しだけ、距離をとる。
「おかーさん……」
「ほんとにセンチメンタルね。どーしちゃったの、あすか?」
ふるふると、首を振る。
そして、それからそれから……妹は、センチメンタルな微笑みで、言う。
「……家族って、いいよね。」
……。
母さんも、おれも、優しい視線で、あすかの顔を、見てあげる。
絶妙なタイミングで、3人だけのリビング空間。
家族の時間。
優しい時間。
さあ――、あしたは、卒業式だ。