生まれて初めて、男の子に告白された。
愛の告白……。
× × ×
無我夢中で逃げた。
必死で逃げた。
下関くんに突然告白された、あのボクシング部練習所裏から……。
卒業式の日に、
わたしは、生まれて初めて、男の子に告白され、
わたしは、生まれて初めて、男の子の告白を……断った……。
× × ×
走って逃げたあとのことが、あまり思い出せない。
それくらい、青天の霹靂だった。
そう……。
青天の霹靂ということばが、ピッタリ。
× × ×
翌日。
起きて、眼をこすりながら、鏡を見る。
――こんなわたしのどこがいいんだろう。
美人でもない、かわいくもない。
取り柄といったら、文章を書くのが得意なことと、ギターを弾けることぐらい。
……。
もしかしたら、
下関くんは、彼は、わたしの「取り柄」に、とりこになったのかな……。
高2のときに、作文オリンピックで銀メダルをとった。
その銀メダルが、そんなにまぶしかったんだろうか。
あるいは、文化祭でのバンド演奏。
そんなにギターを弾くわたしが、まぶしかったっていうの?
――いずれにせよ。
もう、本人に、訊けない。
わたしは、わたしは、
下関くんの気持ちを、もっと汲み取ってあげるべきだったんだろう。
だけど、
告白されて、極度にテンパって、
じぶんから――彼を、拒絶しちゃった。
潮が引くように、機会、が消えていく……。
勉強机にノートを出した。
なぐり書きのように、あたまに浮かび上がってくることばを書きつけた。
それらのことばを文章にしてみようと思った。
でも、そうしようとしたら、支離滅裂な日本語になった。
告白されたのがショックすぎて、日本語がヘタになっちゃった。
勉強机の横には、作文オリンピックの『銀メダル』が吊られている。
いまは、その銀メダルが、まがいものみたいに眼に映る。
色褪せる輝き……。
……机の前から離れる。
椅子に座り込んで、あたまを抱える。
× × ×
牛乳が飲みたくなった。
階段を下りて、ダイニングへ。
――冷蔵庫を、兄が開けようとしているところだった。
なんでいるの。
「よお。春って感じがしてくるなあ、あすかよ」
「……」
「ん? どした」
「……春だとか、どうでもいいよ」
「そうかあ?」
「そもそも」
わたしは厳しい口調で、
「こんなところで油売ってていいの? お兄ちゃん。
3月でしょ?
就活解禁、なんでしょ!?」
さらに厳しく、
「グータラしてるとこを、あんまりわたしに見せないでよ。就活生らしくなってよ……」
……厳しく咎めすぎちゃったかも。
勢い余って。
兄は平静を崩さず、
「グータラしてる、じゃなく、どっしり構えてる、と言ってくれ」
「……」
「な? まだ就活戦線は始まったばっかなんだし」
「その油断が……内定を無くすと思うんですけど」
「お」
冷蔵庫から出したミネラルウォーターをごくごく飲む兄。
ペットボトルにいったんフタをして、わたしを見下ろす。
わたしより20センチ以上背が高い兄が、上からわたしを眺めながら、
「……ウーム」
「なに……? ウーム、って」
「やはり、だなあ」
「や、やはり、って、なんなのっ」
左手でじぶんのアゴを触りつつ、兄は、
「きのう、卒業式の帰り、おれや母さんと合流したときから……おまえの様子が、いつもと違っている」
「なんでわかるの……お兄ちゃん」
「そりゃ、『お兄ちゃんだから』、って答えるしかなかろう」
「ショックだよ」
「おまえの異変に、おれが気づいたのが?」
「……そうだよ」
わたしは……冷蔵庫のなかから、長サイズの牛乳パックを探し出して、取り出して、扉を閉めて、
「お兄ちゃんに、ひとつお願いです」
「ん? なんだあ」
「わたし、これから部屋に戻るんだけど」
「だけど??」
「夕方まで、取材拒否」
……兄は、『取材拒否ってなんだよ』とツッコむ代わりに、
「やれやれ」
とだけ……言うのだった。