『MINT JAMS』のサークル部屋。
お気に入り曲のプレイリストをかけて、心地よさに浸っていたら、
「ずいぶんとハッピーな感じね、戸部くん」
と、八木に指摘された。
「モラトリアム満喫、って感じ」
「…これは『つかの間の休息』なんだ、八木よ」
「カッコつけたこと言って…」
「八木は昔っから、あまり、余裕がないよな」
「…そう思ってたの?」
「勉強がんばるのもいいけど、もっと、肩の力抜いて――」
「――戸部くんがノンビリしすぎなんだよ」
「あ~」
「なにその反応」
ほんとうにしょうがないんだから……という眼つきで八木は、
「……妹さん、元気?」
と訊くから、
「あすかはいたって元気だぞ」
と答える。
「新聞部の、部長なんだっけ?」
「『スポーツ』新聞部の部長な」
「おもしろい部活だね……。あと、彼女、バンドもやってるんでしょ」
「ギターだな」
「すごくない!? いろんな才能があるんじゃん。なんだか作文の賞ももらったっていうし」
「『作文オリンピック』の銀メダルだな」
「……」
「どうしたんだ、おれをジト目で見て」
「……戸部くんも、見習おうよ」
「あすかを?」
「あすかちゃんを。見習って、がんばってみたらどーなの」
「努力しろと?」
「うん。もっと」
説教モードの八木を見ていると、気づいたことがあって、
「…なあ、八木よ」
「突然なんなの」
「あすかは…割りに身長低めなんだが」
「身長がどうかしたの」
「おまえ……さては、あすかより、背が低いな?」
「ななななにそれっ、挑発!?」
「挑発ではない。思ったことを口に出したまでだ」
「……『デリカシー』ってことば知ってる??」
「知ってるさ」
茶番が起こっている。
あすか――か。
あすかといえば。
兄として、絶対忘れてはいけないことが、ある。
腰を上げて、
「八木、悪いがきょうはもう帰る」
「さんざんわたしを引っかき回しておいて…トンズラ?」
「ごめんよ、トンズラで」
「どこ行くの」
「それは、言えない約束だ」
× × ×
東西線に乗り込み、
早稲田駅で下車する。
早稲田のキャンパスとは逆方向に、どんどん歩みを進めていく。
――あしたが、あすかの、誕生日なのだ。
プレゼント買うとしたら、もうきょうしかない。
なにを買うか?
文房具がいいんではないか、と思った。
去年、11月の愛の誕生日のときも、同じ店で文房具を買ってプレゼントしたんだが、
あすかもことし、受験生であるし、
やはり、文房具を買ってやるのが、無難というか……ベターなんではないか。
そう思って、例の文具店に、向かったわけである。
実は、2ヶ月ほど前に、愛といっしょに来たことがあった。
あのときは大変だった。
愛が、恩師の保健室の先生に出くわして――大変だった。
一ノ瀬先生。
たいへん素敵なお方だった。
まさか――また平日の昼間に、この文具店に彼女が来ているとは、考えられないが。
一ノ瀬先生は、いなかった。
まあ、そりゃそうだ。
知り合いにバッタリ出くわすことなく…ノビノビと買い物ができると思っていたんだが、
11月に愛へのプレゼントを選んだときと同様……若いお兄さん店員の『谷崎さん』につかまってしまった。
「4月にも来てたよね?」
「エッ、どうしてそれを」
「筆記用具コーナーで、彼女さんといっしょにいたろ」
「目撃してたんですね…ちゃっかり」
「素敵な娘(こ)だな、きみの彼女さんは……一ノ瀬も霞(かす)んじゃうぐらいに」
「エッ、谷崎さん、一ノ瀬先生のこと、ご存知だったんですか」
「そうなんだよ、実は」
「学校の…同級生だった、とか?」
「オオーッ」
「え……なんですか、『オオーッ』って」
「あえて秘密にしとく、そこんところは」
「…はい」
「――で、きょうはなんだ、また、彼女さんになにか、買ってあげるのか?」
「愛に、じゃ、ないんです。今回は」
「ほほーっ」
「妹が、いて……あしたが、妹の誕生日なんで」
「あしたなのか。それは、急いでプレゼントを選んであげないと、だな」
「オススメとか……ありませんかね? あいつも……妹もことし受験生なんで、ペンとかマーカーとか、やっぱり筆記用具かなー、って思ってるんですけど」
「――土壇場(どたんば)で人まかせにするのか、きみは」
「よ、よくないですかね!?」
「じぶんの頭で考えるべきじゃないか? そもそも、おれの専門はペンやマーカーじゃなくて、画材なんだが」
「画材……」
「もっとも、ペンやマーカーにも、詳しくないわけじゃないぞ。
だけども、きみ、妹さんへのプレゼントを選ぶわけだよな?
妹さんのことを、いちばん理解(わか)っているのは――だれなんだい?」
たしかに……。
「すんません、甘かったです、おれ。谷崎さんに頼りっきりになる場面じゃ、なかった」
「うむ、うむ」
「おれ、愛も大事だけど……妹のことも、大切で。当たり前な話、ですけど」
「妹さんが好きなんだな」
「好き、というか。あっちは、気づいてくれたりくれなかったり…なんですけど、割りに、妹思いなんで」
「いいことだ、妹思いがいちばんだ」
「なので……おれのプレゼント選び、谷崎さんには見守ってもらうだけで、じゅうぶんです」
「よく言った!!」
「ははは……」
「それでこそ、兄だっ」
× × ×
「――お兄ちゃん、なんか隠しごとしてる?」
「ば、ばかいうな、あすか」
「あやしい~」
「疑わないでほしいな。な??」
「ふ~~~ん」
好奇心満ち満ちの眼で見るなよ……。
あすかは豆乳を飲んでいる。
豆乳を飲みながら兄をからかってくる妹と――向かい合いに座ってるわけなのだが、
「おまえも――あしたでとうとう、18か」
さりげなく、誕生日のことに触れてみる。
「そだよ」
そっけない反応をいただいてしまった。
「――うれしいよな?」
「ん~、ど~だろ?」
…ボソリと、
「うれしい、って、言ってくれたっていいだろ」
「わたしに、もっとうれしがってほしいの?」
「だって誕生日なんだぞ」
「そっか。…どうしよっかな」
「どうするもこうするも…なくないか」
「まあ本番はあしたなんだし」
「……」
「プレゼントが渡したくてウズウズしてる、って顔だね、お兄ちゃん」
うぐ……。
「楽しみにしてるよ~」
おれに背を向けて、ダイニングのほうに去っていってしまった、あすか。
『ほんとうに、文房具のプレゼントだけで、いいんだろうか?』
おれは思ってしまった。
兄として、プレゼントを渡すのは、大切だ。
けれども……プラスアルファ、というか、
もっと、あすかのために、なにかが、できないんだろうか?
――できるはずだよな。
じぶんで、考えろ。
考えるんだ。
あしたになる前に、なってしまう前に、
『妹思いの証(あかし)』として、してあげられることを――!