【愛の◯◯】通り過ぎていったり 眼が合わせられなかったり

 

『PADDLE』誌上で結崎さんが紹介していた映画を池袋の映画館で観た。

 

観終わって、映画館を出て、池袋駅前に向かおうとする。

 

――その途上で。

 

見覚えのある男子の顔が、わたしの視界に入ってきたのである。

 

その男子は、通り過ぎて、見えなくなった。

 

――でも。

 

たぶん、通り過ぎた彼は……下関くん、で、間違いがない……と思う。

 

× × ×

 

ハッとして、それからヒヤリとした。

 

下関くんは、高校時代の同級生。

ボクシング部に所属していた。

文武両道で、学業成績はいつも最上位だった。

だけど、3年の2学期に、とある問題を起こしてしまった。

その一件が尾を引いたのか……東京大学に落っこちてしまった。

だから今は、予備校生。

 

わたしがどうして、ハッとしてヒヤリとしたかというと。

 

……。

 

卒業式の日に。

卒業式の、あとで……。

わたしは。

下関くんに。

ボクシング部練習所の裏に。

連れて行かれて。

 

それで……。

 

× × ×

 

下関くんにはわたしが見えていたんだろうか。

 

…たぶん、見えていない。

 

見えていないはず。

人混みのなかに居たんだし。

 

…もっとも、下関くんだって、人混みのなかを歩いていたのであって。

 

その、人の群れのなかから、わたしが、彼を見つけ出せた「原因」は……。

 

「原因」。

 

それは――たったひとつしか、ありえない。

 

 

彼がわたしに告白して、わたしが彼を振ったから。

 

 

あの、卒業式の日の、ボクシング部練習所裏でのことが――こんなにも、尾を引いているなんて。

まるで、トラウマみたいになってきていて……。

 

× × ×

 

中央線の車内の窓にわたしの顔が映った。

 

いつも以上に冴えていない。

下関くんを見かけてしまった反動なんだろうか。

 

『……それにしても、デフォルトで冴えてない外見のわたしなんかに、なんで下関くんは惚れ抜いてしまったんだろうか?』

 

こころのなかで不用意な思考が浮かぶ。

窓に映る顔の眉間に……シワが寄る。

 

自意識にどっか行ってほしい……と願う。

 

× × ×

 

わたしなんかに告白してきた下関くんの意識が不可解だし、あの日のあの瞬間を思い出してしまうたび、わたしの自意識は際限なくグチャグチャにこんがらかる。

 

消化できていないんだと思う。

 

それに加え。

 

夏が本格化してから……もうひとりの異性の存在が、わたしの内部に食い込んできてしまっている。

 

もしかしたら、下関くんの存在より、厄介。

 

……ううん。

「もしかしたら」は、もしかしたら、要らないのかも。

 

× × ×

 

荻窪で降りた。

 

「もうひとりの異性」は、こんなところには来ないだろう……とタカをくくって。

 

 

お目当てのお店まで突き進む。

 

角を曲がって、あと300メートル。

 

どんどん近づくお目当てのお店。

 

…そのお店の手前に、ラーメン屋があって、スープの匂いがプンプンしてくる。

 

ラーメン屋の扉を開けて、人が出てくる。

 

出てきたのは、ひとり。

 

視界に入る、顔。

 

 

――とたんにドックン、と、心臓が強く鼓動した。

 

ありえないことが起こったから、思わず立ち止まってしまって。

 

それから、立ち尽くして。それからそれから、バクバク鳴り続ける心臓の鼓動を抑えられなくなって。

 

 

なんで、なんで――ミヤジが、ここに!??!

 

 

わたしとは180度正反対の精神状態で、ミヤジは、

「なーんだ、あすかじゃないか。荻窪でも会うなんてな~」

と、にこやかに言う……。

 

 

顔が見られない。

 

眼なんか、合わせられるわけがない!!

 

 

「――ん? どーしたんだよ、あすか。そんなにまで眼を泳がせて…」

 

「――ごめんっ

 

 

 

わたしは即座に駆け込んだ。

 

…どこに?

 

…ミヤジが出てきたばかりの、ラーメン屋に。