「お~い。あすか、おれと一緒に『笹島飯店』行って、ラーメン食べようぜ」
貴重な、丸1日フリーの水曜日。
おれは、妹を昼飯に誘う。
だが、
「……遠慮しとく」
と妹は。
「なんでだ?? マオにも顔を見せてやれよ。おまえ、あいつとしばらく会ってなかろう??」
「マオさんの顔は、見たい。
……見たいけど」
ん??
歯切れ悪いな。
「見たいんなら、一緒に行こうぜ」
促すが、
「わたし……きのうラーメン食べたばっかしだから」
と言ってくる。
「マオさんは、また今度」
――別に2日連続でラーメン食ってもいいじゃねえか、とも思うが、
「わかったよ、おれひとりで行ってくるわ」
「……そうして」
「――ところで」
「えっ?」
「きのうのラーメンは、どこで食べたんだ?」
軽く訊いてみただけ、だったんだが。
なぜか――おれの妹は、完全に顔を背けて、
「黙秘権発動…」
と、回答を拒否する。
「エーッ、教えてくれよ。ラーメン情報、提供してくれたっていいだろ?」
なんにも言わねえ。
不機嫌そうな感じだ。
なにがあったのか。
「ヒントだけ……出す」
「おっ」
「杉並区」
「おいおーい、杉並区に何軒ラーメン店があると思うか?」
「杉並区っ」
「おいおいおーい」
「杉並区っ!!」
× × ×
妹がきのう食べたというラーメンが謎の神秘に包まれたままに、おれは『笹島飯店』に行ってきて、チャーシューメンとギョウザを食い、そして帰ってきた。
「お兄ちゃん帰ってきたぞ」
…声をかけるが、居間のテーブルに右手で頬杖をつくあすかは、ムスーッとして「おかえり」のひとつも言ってくれない。
なんだあーっ。
「…もしかして、昼飯、まだ食ってないんか?」
「……食べたよ」
「なにを」
「菓子パン」
「エーーッ、菓子パンが昼飯かよ」
「たまにはいいでしょ……」
「ラーメンにすりゃよかったのに。菓子パンと違って、野菜も肉も入ってる」
言ったとたんにあすかは、
「お兄ちゃんって――地球上のどこに行ってもデリカシーが欠乏してそうだよね」
と、悪い口を叩いてくる……。
攻撃的なおれの妹は、ヘッドホンを持ち上げて、両耳に当てる。
そして、ソッポを向き、
「わたし午後は音楽聴く」
と宣言。
「午後って、いつまで?」
「決めてない」
「決めたほうがいいんでねーの」
「うるさいよお兄ちゃん」
「いやせめてこっち見て『うるさい』って言えよ」
…おれに突っぱねることもなく、ソッポを向いたまま、ご機嫌斜めの妹は――音楽の世界に入っていってしまわれた。
× × ×
筋トレを終えたあとで、ふたたび居間に行く。
――ちょうど、あすかがヘッドホンを外そうとしているところだった。
「もういいのか? 音楽」
「…うん」
「次は、なにする」
「…決めてない」
決めてないのならば。
「あすか。おれは筋トレを提案するぞ」
提案してみた。
してみたのに。
妹は、バカにしたような眼で、おれを見てくるばかり。
「……わたし、おかしな兄貴持っちゃった」
なに言うか。
「シャワー、浴びてくる」
この時間にシャワー浴びるのかよ。
「……あすか、筋トレしてから、シャワーに行かんか?」
提案。
しかし、ドン引きな口元で、あすかはおれに視線を突き刺してくるばかり。
椅子から立ち上がる。
緩慢な足取りで、おれから遠ざかっていく。
× × ×
ったく、素直じゃないというかなんというか…面倒くさい妹だ。
きょうは特に、面倒くささに拍車がかかっている。
徹頭徹尾おれの言うことを聞かないつもりか。
ま、それはそれで、妹らしさ、なんだし。
ほっといたら、どうにかなるだろ。
そんなもんさ。
――ところで、あすかが不在となった居間のテーブルの隅っこに、雑誌的なものが無造作に置かれているのである。
おれはその雑誌的なものが気になった。
気になったから、取ってみた。
『PADDLE』という題字の冊子。
ふふーん。
これ、あすかが編集協力してるっていう、ミニコミ雑誌だな。
じぶんの携わる雑誌を無造作に置くなんて、あすかもずいぶんガバガバじゃねーか。
シャワーは長引きそうだし、遠慮なく見させてもらうぜ、妹よ。
…バラエティに富んだ紙面構成である。
大きな特集のひとつに、「次にくるVTuberベスト50」。
トレンドだなー。
トレンドを追っているかと思えば、「知られざるゲームボーイRPGの世界」なんて特集も。
つまりアレだ、レトロゲーム特集ってやつだ。
ゲームボーイが発売されたのって、たしかこのブログの管理人が生まれたころだったよな??
残念ながら、おれたちはゆとり世代とはかけ離れてるから、ゲームボーイは完全にレトロゲームだ。
アドバンスもそうだろ。
初代DSだって、おれが小学校に入る前の発売なんだよ。
そういう世代だってことを、よーく理解してほしいな……と、だれに向けてでもなく、内心でつぶやいていたら、バスタオルで髪を拭きながら妹が居間に戻ってきて、それからそれから……。