遅めに起きて、朝飯を食いにダイニングに来たら、あすかとバッタリ。
「ゲッお兄ちゃん」
……初っ端から苦々しい顔を見せつけてこなくてもいいだろ。
妹よ。
「なんで邸(いえ)に居るの!?」
「研修、休みなんだ」
「サイアク。不運過ぎる、わたし」
あーのなー。
「おのれはそんなに、じぶんの兄と向かい合って朝飯を食いたくないんか」
「……」
「おいなんかいえ」
「……さっさと焼きなよ」
「なにを?」
「パンを!!!」
× × ×
激しすぎるが――朝からテンションが高いのは、悪くはない。
元気印なあすか。
× × ×
そして、昼過ぎ。
NHK総合テレビを観ているあすかに、
「なあ妹よ。今週こそ、おれとラーメンを食いに行かないか?」
と言ってみる。
あすかはおれのほうを一切向こうとせず、
「…モノによる」
と言う。
「二郎インスパイアの店が、近所に新規オープンしたみたいなんだが」
とたんに、
「ハァ!?」
と言っておれのほうを向くあすか。
キレキレのキレ顔で、
「憶えてないの兄貴!? わたし、兄貴に2回二郎インスパイア店に誘われて、2回とも断ってるんですけど」
――そうだっけか。
「仏の顔も三度まで……。わかるよね、兄貴」
――それならば。
「調布駅前に、人気急上昇中の家系ラーメンの店があって。おまえ、家系ラーメンは苦手じゃなかったろう?」
「……まず、調布まで出るのがダルいんですけど」
超ダルそうな顔で言い放つ妹…。
「それに、こってりの気分じゃないから、わたし」
「味薄めにして、油少なめにすりゃ良かろう」
「そういう問題じゃない!!」
「ひえぇ」
「兄貴はけ◯け◯けろっぴのぬいぐるみを投げつけられたいの!?」
……う~ん。
「じゃあ、あっさり系なら、行ってくれるか??」
「…気が進まない」
「おいおーい。モノによるって言ったろ? おまえ。モノによるってことは、条件をつければ、おれと一緒にラーメン食いに行ってくれる――」
ことばに詰まる妹。
おいおいおーい。
「……。
わたし、チャイナな気分じゃなくなったから」
チャイナな気分って。
どういうボケだ??
× × ×
結局ぼっちラーメンになっちまった。
午後3時半、といったところ。
リビングのソファに腹ばいで、あすかが本を読んでいる。
「なにを読んでんだ~? あすか~」
「…森見登美彦」
「うおっ!! トレンディな」
瞬時に妹が文庫本を床に叩きつけた。
「こっコラッ!! きょうのおまえ短気すぎる…」
「京都大学出身でもないくせに!! この私文専願兄貴ッ」
「い、言いがかり、やめような」
「なにが言いがかり!?」
「あと……文庫本は、粗末に扱うなよな」
叩きつけた文庫本を拾う妹。
ソッポを向く妹。
軽いため息をつく妹。
「ンッどーした」
「どーしたもこーしたもないから。
…あのさ。
きのうも言ったけど……わたし、今度の夏祭りに行けなくなったから」
「…うむ」
「……お兄ちゃんは、おねーさんのために、お祭りの日、邸(いえ)に残ってあげるんだよね」
「うむ。そのつもりだ」
「だとすると、わたしもお兄ちゃんもおねーさんも、お祭り行けないから……利比古くんに負担がかかる」
「利比古は、大勢の参加者を捌(さば)かなきゃならんしな」
「そ。今年も大所帯になるし。流さんも行ってくれるんだけどさ」
「――それで?」
「わたしがお兄ちゃんに言いたいのは――、利比古くんに当日のアドバイスをしてあげてよ、ってこと」
なるへそ。
当日の心構えってやつを、利比古に――か。
「うまくできるかな」
「なに言ってんの?? アドバイスする役目はお兄ちゃんでしょ。なんだかんだで、わたし、お兄ちゃんを信用してるんだからね!?」
信用。
「信用、か。
……でも、信用ってのは、いったいどういった類(たぐい)の信用なのか……」
「バッカじゃないのお兄ちゃん」
「は、はぁ!??!」
「信用は、信用だよ!!
分からずや!!!!」
「ど、どーしたおまえ、ツンデレどころか、ツンギレになってんじゃねーか」
「ムシャクシャする!! 原因は、スペシャル鈍感兄貴のせい」
「あすか……!」
立ち去る妹。
置き去りにされた文庫本は……『夜は短し歩けよ乙女』。