【愛の◯◯】事情聴取はしたけれど

 

えらいこっちゃあ。

愛とあすかが、ケンカしちまった。

あすかが推薦入試に受かって、邸(いえ)は祝福ムードに包まれたばかりだったというのに……なんてこった。

 

昨夜、つまり水曜日の夜、こじれたらしい。

仲良しなはずのふたりが、口論になった。

利比古が、言い争いを耳にして、あすかの部屋を慌てて開けてみると、ふたりは無言でにらみ合っていたらしい。

『あすかさんの眼つきも、姉の眼つきも、怖すぎました……』と利比古はおれに報告してきた。

 

これまでも。

これまでも、こじれること、ギクシャクすることは、思ったよりも、あった。

が。

なんだか……こんどの対立は、『戦争』に発展する危険性をはらんでいる気がするぞ。

 

おい。

だいじょうぶか。

ほんとの姉妹みたいに仲がよかっただろ、おまえら。

 

× × ×

 

今朝、あすかは、朝食の席に現れなかった。

気づいたら登校していた。

流さんだけに「いってきます」を言ったようだ。

 

朝食当番が、愛だったから……避けた、としか思えない。

 

 

夕食の席にも、あすかは現れなかった。

夕食当番も、愛だった……。

 

重苦しい雰囲気でおれたちは夕飯を食った。

 

……それから、2時間くらいして、あすかがキッチンでレトルトカレーを温めているのを、利比古が目撃した。

 

すれ違ってる。

超、すれ違ってるぞ、あのふたり。

 

× × ×

 

あすかの部屋のドアを強くノックした。

 

「いるんだろ。……入るぞ」

 

妹がなにをしてるのかとかお構いなく、部屋に突入する。

 

妹は、あすかは、ヘッドホンで音楽を聴いていた。

 

強硬手段で、ヘッドホンをあすかから外そうとするおれ。

 

「なにするの。乱暴でしょっ、お兄ちゃん」

「るせぇ。訊きたいことがあるんだよ、おまえに」

 

あすかからヘッドホンをはぎ取る。

奪取したヘッドホンを、カーペットの床に置き、まっすぐあすかを見据える。

 

イラつき気味のおれの妹。

『できるだけ早く出ていってほしい』オーラ。

 

「……さっそくだが、きのうの夜、いったいどんないきさつで、愛と言い争いになったのか、おれに言え」

 

あすかが舌打ちした。

コンニャロ。

 

「おまえが話してくれるまで、出ていかんからな」

「……困る」

「困るだろ? だったら、吐け」

 

殺伐とした表情で、あすかは、

「わたし、おねーさんに……失望した」

「失望? 愛に?」

「おねーさん、無神経なことばっかり、わたしに言って」

「いったい愛はどういうことをおまえに言ったんだよ」

 

殺伐とした口調で、あすかは語り始めた。

 

 

推薦入試の振り返りをしていて、ふと、愛が、

『もったいなかったかもね。あすかちゃん、もっと上の大学の推薦入試だって、通ってたと思うんだけどな』

みたいなことを言った。

それに対し、あすかは、一気に機嫌を悪くして、

『もったいないって、どういうことですか……』

と、愛を責めた。

 

愛は逆ギレ。

言い合いに発展するのに時間はかからなかった。

エスカレートしていった口論の、帰結は……。

 

 

「……『そんなんだからあすかちゃんは彼氏もできないんだよ!』って、愛が罵倒した、ってわけか」

「ヒドいでしょ!? いまでも、腹の虫がおさまらない」

 

「フーーム」

「フーーム、じゃないよ、お兄ちゃん」

「……できんのか? 仲直りは」

「……」

「ずるずる行くと、来年まで引きずるぞ」

「……今週は……ムリだな」

「引き伸ばしじゃねーか」

「うるさいよ、お兄ちゃん。女子同士の問題なんだよ!?」

「でも、おまえはおれの妹だ、おれはおまえの兄貴だ」

兄貴だからなんなの! ひとりにさせてよ!?

 

あすかが……、

猛獣のようだ。

 

× × ×

 

愛の部屋にも出向いた。

 

「なあ愛よ。おまえのほうから謝ってみないか? 年上の『おねーさん』として」

「……」

「あすかから話を聴くと、おまえのほうからケンカを売った、ともいえるわけだし」

「……」

「こら。なんか言えや」

 

くちびるを噛みしめる愛。

意固地な上に、大人気(おとなげ)もない。

 

「おまえがなんか言わんと……怒っちまうぞ、おれにしたって」

 

すると愛はドス黒い声で、

「やっぱり……じぶんの妹の、味方なんだ」

「そんなことは言ってない」

言ってる! 言ってるんじゃん!!

 

じぶんの枕を、おれに投げつけてきた。

 

「痛くも痒くもない。無意味な暴力はやめろ」

 

絶賛紅潮中の、愛の顔。

 

「――あすかとキャットファイトだけは、やめろよな」

キャットファイトぉ!?」

「つかみ合いとか、殴り合いとか、そういうのだよ。……あすかに殴りかかるぐらいなら、おれをボコボコにしやがれってんだ」

 

愛の右手がゲンコツの『グー』になっている。

 

「暴力反対だかんな。おれに対しての暴力は、べつとして」

 

ごつんっ、と、床を、グーパンチする、愛。

 

下向きの顔で、どうしようもない表情になっている。

 

『どうにもならないことを、どうしろっていうのよ……』

 

そういう、こころの声が、聞こえてきそうだ。

 

聞こえてきそう、なんだが。

 

おれは――あえて立ち上がり、ツカツカと部屋のドアに近づく。

 

――突き放す。