【愛の◯◯】麻井先輩リターンズ

 

【第2放送室】の中。

桐原高校の制服を着た麻井律(あさい りつ)先輩が本を読んでいる。

あれ?

麻井先輩、とっくの昔に卒業してるはずなのに……。

 

疑問のぼくに対し、彼女の眼が険しくなって、

「羽田、なにジロジロ見てんの」

という先制パンチが。

「す、すみません。でも……」

「でも!?」

「先輩が読んでる本がすごいタイトルなので」

 

春の雪と冬の花 ジュリアス・シーザー夢物語

 

――彼女が読んでいた本はこういうタイトルであった。

長い。

長い上に、内容がまったくイメージできない……!!

 

「アタシが読んでる本がそんなに気になるの!?!?」

「はい……。ぼく、気になります」

 

ふぅむ……と先輩はいったん考え込んで、

「――知りたい?? この本がどんな話か」

と。

 

「知りたいです、タイトルがカオスなので」

ぼくは答える。

 

先輩が口を開こうとする。

……そのとたんに。

なぜか、「場面」が……飛んでしまう。

 

 

「――というお話なわけ。理解できた? 羽田」

い、いえ。

理解もなにも、先輩の説明が「端折(はしょ)られた」ので。

 

なにも言えないぼくに、

「アーッもうっ。何年経ってもどうしようもないんだね、羽田は」

と先輩。

 

「羽田のどうしようもなさが、ぜんぜん変わってないから、」

 

…ないから??

 

「アンタを――映画館に連れて行く」

 

!?

 

× × ×

 

ここで「場面」は映画館に飛ぶ。

 

シアターの中。

 

ぼくのとなりで食い入るように麻井先輩が映画を観ている。

 

……なんだこの映画。

 

洋画のくせに字幕が一切ない。

 

ぼくは帰国子女だから……セリフが英語だったら、字幕がなくったって理解できる。

 

だけど、俳優がしゃべっている言語は、不都合にも英語ではない。

なんだこの言語!?

 

 

……ぼくたちはシアターを出る。

「ちょっと、なんでそんなくたびれてんのよ、羽田ッ」

「だって……つまらなかったですし。それに、」

「それに?」

「……なんだったんですか?? あの言語は」

「セリフのこと? ――あれ、ラテン語だよ」

 

× × ×

 

また「場面」は換わる。

 

超高層ビルの上階に在ると思われる高級そうなレストラン。

 

ぼくは気づく。

いつの間にか――小柄な麻井先輩のからだが、キラキラしたドレスに包まれていることを。

ふだんの彼女と違って、まったく髪がボサボサしていない。

 

瓶入りのブドウジュースが運ばれてきた。

どくどくどく、と彼女はじぶんのグラスにブドウジュースを注(そそ)いでいく。

「アンタも、ブドウジュース? それとも、牛乳がよかった?」

や、牛乳は…無いでしょう。

「こ…こんなお店で牛乳なんてあるはずが」

「あるよ。メニューちゃんと読みなよ」

 

そうは言われても、メニュー、謎の言語で書かれてるんですけど。

ラテン語、か???

 

ブドウジュースの入ったグラスを右手で掲げる先輩。

 

「ねえねえ、羽田はどこの大学受けるわけ?」

訊く彼女に、

「えーっと……。候補がいくつか」

と言うも、

「――アタシの大学、受けてみない?」

という突然のお誘いが。

「麻井先輩の、大学って……」

東京教育大学

「そ、そんな大学、知らないんですけど!?」

「えー、アンタそんなに情報弱者だった!?」

「……あるんですか?? ほんとうに、そんな名前の大学が」

「ある。」

 

断言。

 

「羽田、アンタはほんとーに、なんにも知らないんだね」

「……」

「そういう『世界』なんだよ、ここは」

「そういう……って、どういう……」

 

「羽田」

「はっハイ」

 

どうしてか……彼女は、麻井先輩は、ちょっとだけ目線下向きの、照れた顔になって、

 

「羽田。あのさあ……。アタシと、『ここ』で……」

 

 

 

 

 

 

 

『ガバァ!!』と、跳ね起きた。

 

汗だくになっていた。

 

もちろん、暑い8月の寝苦しさ、によるものではなく――、

 

つまり、つまりぼくは、

 

夢を観ていたのだ。

 

 

勘弁してくださいよ、麻井先輩!??!

 

ぼくの夢に、何回出てくるんですか!??!

 

 

「――いや。

 まだ、2回目、なのか……。

 だけど。

 二度あることは、三度あるんでは……!」

 

 

…ベッドの上でつぶやかざるをえない。