明日は土曜日で、某所で夏祭りが開催される日だ。
まだ前日の午前中だけど、明日のお祭りが楽しみで仕方がない。
なぜか。
『浴衣姿の、利比古くんに会える……!』
利比古くんに、会える。
かなり久々。
浴衣姿で来るであろう利比古くんに会う。
そして、ふたり肩を並べて、打ち上がるスターマインを見るのだ。
気がはやる。
なんたって、利比古くんと打ち上げ花火を見られるんだもの。
花火だけじゃない。
夜店が立ち並ぶ通りで、彼と……◯◯がしたいし、◯◯もしてみたい。
……あははっ。
妄想ばっかり。
わたしって、利比古くんのことになると、ほんと◯◯。
きょうのわたし朝からテンション高いな。
コーヒー、飲んでないのに。
ダメだぞ、ほのか。
気を急ぐな、ほのか。
夏祭りは明日なんだぞ、ほのか。
…カフェの手伝いでもしようかな。
いや、やっぱやめた。
ゲームセンターに行こう。
× × ×
まだ残る暑さのなか、最寄りのゲームセンターに辿り着いた。
一直線に、某・太鼓の腕前を競うゲームの筐体(きょうたい)に向かう。
太鼓こそ、わたしにとって、いちばんの精神統一なのだ。
――ね? ど◯ちゃん。
いつも通り高成績をマークするわたし。
わたしの内部に完全に定着する平常心――太鼓を叩いたからこそ。
もう2回ぐらい遊べるドン!! がしたくもあったんだけど、いったん筐体から離れて、別のゲームにも視野を広げていく。
――ワ◯ワ◯パニックがある。
モグラ叩きもある。
どちらも、ハンマーで叩く系のゲーム。
ハンマー、か……。
アツマさんだな。
……わたしは勝手に、ワニやモグラをアツマさんに見立てる。
なぜかって??
過去ログを参照してほしいんだけど、それじゃ不親切だよね。
アツマさんの不甲斐なさを責め立てて、彼をピコピコハンマーで殴打した。
1ヶ月以上前のことだ。
乱打しすぎて、いったんは反省した。
だから後日わたしは、ふたたび赴いたお邸(やしき)で、「償(つぐな)いのために、ピコピコハンマーでわたしを叩いてください!!」とアツマさんに言った。
だけど。
ハンマーでピコピコしてって、頼んだのに。
あのひとは……ハンマーでピコピコする代わりに、わたしの頭頂部をナデナデしてきたのだった。
すっごく恥ずかしかった。
ありえない対処のしかた。
意表を突かれてしまって……ナデナデされてから、わたしはなにもできないまま、リビングのソファで下を向いていた。
――当然、あとになって、悔しさは芽生えるわけで。
きょうのわたしはワニも叩きたいし、モグラも叩きたい。
もちろん、ワニもアツマさんだし、モグラもアツマさん。
そう思い込むしかないでしょっ……!
× × ×
太鼓とアツマさんを叩いたら、お腹がすいた。
家に帰って、じぶんの部屋で読書を始めるも、空腹に負けそうになる。
「こんな調子じゃ、源氏物語を読み切るのも、来年になっちゃいそうだな……」
黄色の岩波文庫に向かってわたしは嘆息する。
「源氏が、捗らない……。
――そうだ。
いったん、テキストから離れてみよう」
× × ×
離れて向かった先は、ダイニング・キッチン。
おかーさんがジャガイモを剥いている。
「どしたの、ほのか?」
…キッチンに並べられた食材を見つつ、
「おとといも、カレーライスじゃなかった?」
と指摘するわたし。
「最近、カレーと肉じゃが、代わる代わる頻繁に食卓に出てるよね」
事実を、指摘。
おかーさんが苦笑いで、
「――飽きたか」
と言うのに対し、
「ううん。…作ってもらってるんだから、不満は言わない」
と、首を振りながら答える。
「『不満は言わない』なんて、ほのか、普段は言わないじゃないの。どーしたの」
わたしは軽く笑って、おかーさんを見るだけ。
「ほのか?」
「…クイズ。現在(いま)、わたしがいちばん欲しいもの、なんでしょう?」
シンキングタイムに突入するおかーさん。
……約2分後。
ひらめいた! という顔で、
「わかった! 明日の夏祭りの軍資金が欲しいんだ、ほのか」
と、おかーさん。
「……ビンゴ。」
少し恥ずかしくなりつつ、正解ですよ、と伝えるわたし。
ニッコリニコニコと、おかーさんがわたしを見つめる。
くすぐったいけど……娘と母は、通じ合っている。