【愛の◯◯】とんでもない夢が尾を引く

 

麻井律(あさい りつ)先輩が、眼の前で、椅子に座って読書している。

少し、おかしいな。

というのは、麻井先輩が、メガネをかけているから。

ぼくの知ってる彼女は、裸眼(らがん)。

なのに今はメガネをかけている。

私服姿だった。彼女は大学3年生なんだから、当たり前か。

かなり小柄なカラダだけど、品(ひん)のある服装だ。オシャレだ。

メガネなのも、オシャレのアクセントになっている。

 

『羽田』

 

麻井先輩に、呼びかけられた。

ぼくは姿勢を正して、

「なんでしょうか?」

「アンタの視線がウザい」

「はい??」

「アタシのメガネ姿が奇妙だとか、思ってない!?」

「まさか。奇妙だなんて、そんなことは、断じて」

「もう怒った」

えぇっ。

怒るのが早すぎませんか。

麻井先輩、確かに短気なキャラでしたけど。

「読みなさい」

「読む……?」

「鈍いね!! 短気なアタシとは、真反対」

そうでしょうか。

「『短気』の真反対が『鈍感』だって言うんですか?」

すごく強引に、彼女は、

「アンタのツッコミなんか聴かない。とにかくとにかく、アタシの持ってる本を読んでみなさい」

本を差し出された。

受け取る。

ページに眼を凝らす。

でも、文字が日本語じゃない。

英語でもない。

なんだろう、この言語は。

「もしや羽田、見慣れない言語で書かれてるから、戸惑ってんの??」

「はい、戸惑ってます」

「大サービスでどんな言語か教えてあげる。あのね、その本は、古代ギリシャで書かれてるの」

そ、そんな!?!?

Really!?!?

「せせせ先輩は、古代ギリシャ語が、読めるんですか!?!?」

「アタシだったら、なんだって読める」

その返答は……なんでしょうか。

不可解な……。

「羽田。アタシが『読みなさい』って言ったんだから、気合いで読みなさい」

古代ギリシャ語なんて、気合いだけで読めるものじゃないでしょう」

途端に彼女がうつむいた。

急に、不機嫌?

沈黙が漂う。

ぼくがなにもできないでいると、

「またアタシのコト、裏切るわけ」

と、小さな声が。

「その積み重ねなんじゃん。アンタは、アタシだけでなく、いろんなヒトを裏切ってきて」

一気に背中が寒くなる。

3月なのに寒(かん)が戻る。

眼の前の彼女のメガネがいつの間にやら外れていた。

裸眼の彼女は、うつむいたまま、縮こまって、

「読めないの……? ホントに」

と、弱々しい声で、言う。

哀しそうな響き。

哀切(あいせつ)というか、なんというか……。

彼女が顔を上げていく。

涙の筋ができていた。

ポタリ、と彼女の手の甲に涙が落ちる。

意識が遠のくような悪寒。

ぼくにはデジャブがあった。

そうだ。デジャブ。既視感があったのだ。

数年前に、眼の前で、こんな風に泣かれた記憶。

ぼくが、泣かせた、記憶……。

 

 

× × ×

 

ぼくはベッドから跳ね起きた。

 


夢だった。

 

× × ×

 

エアコンをつけて寝なかったから、寒さと共に跳ね起きた。

とんでもない夢の、続きの、寒さ。

 

寒気(さむけ)がしたと思ったら、ドッと疲れが襲ってくる。

寝起きだというのに、ほとばしる疲れ。

土曜の朝から、なんてことだ。

見た夢を分析したり解釈したりする気力なんてあるワケも無い。

夢の終わりで麻井先輩が涙をポトポト落としていたコトだけが、脳裏に焼き付く。

どうしようもなく重い、夢の感触。

頭の痛みが産まれてくる。

にじむ頭痛。

ぼくが抱える、ぼくの頭。

 

今年は。

いや、今年「も」。

前途の多難さが満ち溢れた、そんな1年になりそうで……!

 

抱え込むのは、自分の頭だけではない。

いろんな問題を。