眼の前に、小柄で、ボサボサ頭の、年上の女子。
麻井先輩で、間違いない。
おかしいな。
麻井先輩、桐原高校の制服着てる。
卒業したはずなのに。
「…どうして制服なんですか? 麻井先輩」
「細かいことはいいじゃん、羽田」
よくないです。
「高校生のコスプレ…だとか」
「ハアァ!?」
ぼくの発言が不用意だったらしく、足を踏まれてしまった。
「そーいうところだよね、羽田は」
「…なにが言いたいんですか」
「ほら、わかってない。デリカシーもない」
立て続けに煽られて……こっちも、少し機嫌を損ねてしまう。
――なぜか、麻井先輩が、急に優しい表情になって、
「羽田、アンタ、遅く帰ったっていいんでしょ?」
「……?」
「アタシといっしょに東海道線乗ろーよ」
なにを……おっしゃいますか。
「正気ですか……先輩」
「なに言うの。平塚まで行こうか……いや、平塚じゃ物足りないね、小田原まで……あるいは、沼津あたりまで行ったっていいんだし」
「や、やっぱり、おかしくなってませんか??」
「羽田。
めんどくさいなんて……言わせないゾ。ぜったい」
――ここでなぜか、湘南地方と思われる海辺の風景が、視界に広がっていく。
制服の袖をまくって、麦わら帽子をかぶっている麻井先輩がはしゃいでいる……。
「なーにしてんの羽田!! 早くこっち来なよ!! 気持ちいいよ?」
ぼくは、はしゃぐ先輩に、釘付け。
「固まんないでよっ。
いっしょに気持ちいいこと、しよーよ……羽田っ」
× × ×
ここでいきなり場面転換。
戸部邸…と思われる建物のなかで、ぼくと麻井先輩が向かい合っている。
こんどは、彼女は私服だ。
おしゃれな身なりになっている。
そういえば、彼女は、案外育ちがいいんだっけ……と思うヒマもなく、大人びた印象の彼女に、距離を詰められる。
「ねえ、なんとか言ってよっ、羽田」
返すことばがない。
「大学まわりの生活環境にウンザリしちゃって……つくばエクスプレスに、飛び乗っちゃった」
「……そうですか」と小さく言うぼく。
「バカ。そうですか、じゃないんだから」
う……。
「せっかく、この邸(いえ)まで、アタシやって来たんだから、もっと嬉しそうにしなさいよっ」
「……」
「長旅だったんだよ? 関東の端から端まで移動するみたいなもんだったから」
「……そうだったんですか」
「相変わらずのワンパターンな相づちだねえ。むかつく」
にらみをきかせる麻井先輩。
――だが、また突然に、柔和な笑顔になって、
「アンタにお願いしたいことが、あるんだ」
「……なんですか?」
「…。羽田じゃなくって、利比古、って呼ばせてよ」
「!?」
「こらっ!! うろたえてんじゃないの、ダメな後輩だねえ」
「だって…」
「ねえ……利比古」
「……!!」
「利比古ってば!!」
「せん……ぱい」
「利比古。
アタシ、アンタとスキンシップがしたいよ」
「え、えええっ!?」
「いいでしょ?
くちびる奪うとか、そんなマネはしないからさ。
スキンシップはスキンシップで……くちびる奪うよりも、エッチぃかもしんないけど。」
麻井先輩が、
どんどんぼくに向かって、小さいからだを傾けてくる……!
『ガバァ!!』と跳ね起きた。
布団を蹴飛ばす勢いだった。
――ぜんぶ、夢……。
見てしまった。
見てしまった、麻井先輩との、◯◯な、夢を……。
なんて夢だ。
精神分析学でも説明できないような、そんな……きわどい夢。
ベッドから、しばらく離れられない。
……約束を思い出した。思い出してしまった。
川又さんと、午前中、電話で話す約束だったんだ。
川又さんには、ぜったいのぜったいに、見た夢のことなんか、話せない。
しまっておくんだ、ぼくの胸のなかだけに。
混入してきませんよね……? 麻井先輩。
ぼくと、川又さんの、コミュニケーションのなかに……。