ハァイ。東本梢(ひがしもと こずえ)でーす。
お邸(やしき)メンバーなのに、出番が少なくて物足りないの。春に引っ越して来た時は、大活躍できるって思ってたのに。なーんか影が薄いんだよね。
日頃の行いが悪いのかな?
「西日本研究会」で西日本の研究ばっかりしてるからいけないんだろーか? 『「西日本研究会」ってサークル名自体が気色悪い』なーんて意見もあるかもしれないけどさ。こっちとしては至って真剣に、研究に取り組んでるつもりなんですけどね。
だってだって、このブログの管理人さんも、西日本研究には興味アリアリなんでしょう?? 隠し切れない西日本オタク魂(だましい)が燃えたぎってるはず。私の眼は誤魔化せません。
……いけね。『このブログの管理人さんも〜』とか、創作物の登場人物がいちばん言っちゃいけない発言だよね。漫画とかだったらギリギリ許されるんだけど。
取り敢えず、3月の年度終わりまで、流(ながる)くんと、出番の数で勝負だな。
× × ×
私が対抗心を燃やす流くんが、拭いた食器を片し終えて、ダイニング・キッチンから出ていった。
夕食後のダイニング・キッチンに残っているのは私とあすかちゃんの2人だ。利比古くんは誰よりも早く出ていった。たぶん、自分の部屋に引っ込んでいる。明日美子さんがその次に出ていった。おそらく、自分の寝室でお眠りになられている。
あすかちゃんがお皿をダイニングテーブルに置き、袋の中の麦チョコをドバァ、と放流する。それから、壁掛けのカレンダーを眺めていた私に、
「梢さんも食べませんか〜?」
と麦チョコを勧(すす)める。
「いいね」
素直な私は、あすかちゃんの顔を見ながら、麦チョコのお皿付近に歩み寄る。
あすかちゃんの隣の椅子に座る。椅子の向きを変えて、彼女の横顔をまっすぐ見据える体勢になる。
「梢さんは、わたしと『対話』を望んでるんですか? 椅子の向きを変えるってコトは」
「大げさ大げさ。『対話』なんて仰々しいモノしたいワケじゃないよ。でも、あすかちゃんが向かい合ってくれたら嬉しいな」
彼女はすぐに椅子を動かしてくれた。向かい合いが出来上がる。
今夜の彼女は膝丈のパンツに袖が長めのTシャツ。Tシャツの地(じ)はモスグリーン色で、21歳に相応(ふさわ)しきオトナっぽさを醸(かも)し出している。Tシャツの中央には、筆記体の英語で、白い文字がプリントされている。なんて読むのかなあ?
「梢さん、目線が下向き。」
苦笑い混じりに彼女が言ってきた。あぶないあぶない。視線が完全にTシャツに吸い込まれていたもんね。女同士とはいえ、胸に見入るのは良くなかった。
× × ×
温かいハーブティーが麦チョコに意外に合う。
「西日本研究会」の話をせずにはいられなかった。『私、最近は、関西地方の鉄道のコトばっかり考えてるの』とカミングアウトした。関西地方の鉄道事情について、私鉄とJRの関係に焦点を当てながら喋った。長い話になってしまったけど、あすかちゃんは興味津々に聴いてくれていた。
『関西のJRには「新快速」って列車があるみたいじゃないですか。アレっていったいどんな存在なんですか? わたし、気になる』
あすかちゃんの方からそう訊いてきたのだ。待ってましたと言わんばかりに、新快速という存在について私は解説。新快速について話し始めたら約30分経過しちゃったんだけど、彼女は興味深げに、時折頷(うなず)きながら、私の話を聴いてくれていた。
「奥が深いんですね、JR西日本も」
ハーブティー入りのマグカップをことん、と置いて言うあすかちゃんだった。
「梢さんの話はいつも退屈しない。西日本の奥の深さを味わわせてくれるから。梢さん、とっても説明上手。情けない利比古くんのムダ知識トークとは大違い」
利比古くんの名前をここで出してきたかー。
「全盛期のムダ知識トークはホントにホントにウザかった。……最近は、あんまり長く喋らなくなったけど」
あすかちゃんの声のトーンが下がっていっていた。右斜め下に視線を逸らして、含みありげな表情。
「利比古くんだけどさ」
と私は穏やかに言い、
「乱調というか不調というかなんというかだよね。9月になってからずっと低空飛行な感じがする。ココロが曇ってるみたいで」
と、彼を気にかけてみる。
「詳しい話を彼に直接訊いたワケじゃない。だけど、低空飛行になった原因は何となく把握できてしまってる。1997年生まれのオトナのお姉さんとして、今よりもっと気づかってあげるべきなのかな」
そう言った私に向かって、
「どんどん気づかってあげてください。ガツンと叱咤(しった)して、激励してあげてほしいかな。やり過ぎぐらいが丁度良いと思うんです」
とあすかちゃん。
ふーーーん。
私にそんなに期待してるかー。
期待されるのは当然嬉しい。期待されてハッピー。利比古くんを叱咤激励するのに前向きになってくる。
だけど。
私からの元気づけも当然のごとく必要、だとは思うんだけど。
眼の前の彼女は、私よりも、彼に近いトコロに居るんだから。
「ねぇねぇ」
背筋を伸ばしつつ、微笑みの目線を彼女に送り届け、
「あすかちゃんは今晩、利比古くんの部屋に行ってあげたりはしないの?」
あすかちゃんの右手から麦チョコがポロポロこぼれた。唖然となったかと思えば、困惑の目線が彼女自身の膝(ひざ)あたりに下降していく。155センチのカラダがひと回り小さくなる。
166.5センチのカラダの私は、
「同じ階に部屋があるんだし、『突撃! となりの利比古くん』みたいに、アポ無しで押しかけて、元気づけてみたらどーなのかな」
あすかちゃんは、
「今晩、いきなり押しかけるのは、ココロの準備が……」
とボショリ。
「あすかちゃんは、ノックの返事を待たずに、彼の部屋に突入していくイメージだけど」
「……それは、ケースバイケースです」
「そっか」
微笑みプラス頬杖(ほおづえ)の私は、
「利比古くんのイケメンフェイス、間近で見るとまぶしい?」
「え……。間近、って」
「間近は間近だよ」
彼女はすっかり困り顔に。正直言って可愛い。可愛いから、心地良いくすぐったさが私の中に産まれてくる。
「あのイケメンフェイスを結構間近で見るコトも少なくないんでしょ? 私よりは、いっぱい『接近』してるよね」
さらに揺らした。罪深い私は、彼女をさらに揺らしてみた。
彼女の顔に次第に赤みが広がっていった。お酒を飲んでるワケでもないのに、『ほってり』とした顔になる。
その『ほってり』具合いを十二分に味わってから、
「彼に元気を取り戻すために、彼より年上の女の子を邸(ここ)に派遣してるみたいだけど――」
と言い、それから、
「あすかちゃんだって、彼より年上の女の子なんだし。もっと、頑張れるはずだよ?」
「が、が、がんばる……? いつ、どこで、なにを、どうやって」
「だから、ノックもそこそこに、彼のお部屋に入っていって、夜が更けるまで彼をなぐさめて……」
「かかかからかわないでくださいっ!!!」
ぶんぶんぶんぶん!! と、盛大に首を横に振り、
「梢さんは、どーなの!? 彼に対して、わたしよりも遥かに『年上のオンナの人』なんじゃん!! アレですか!? わたしに、もっともーっとツッコミを入れて欲しいと!?」
フフフッ。
動揺しちゃってー。
こういうのも、予測済み。