今朝、みんながいる前で、姉が、ひとり暮らし宣言をした。
4月から、このお邸(やしき)を離れて、大学に通い、じぶんで生活するという。
――決断したんだな、お姉ちゃん。
あいまいな態度を取るのを、やめにして――素直に、偉いと思った。
ショックはなかった。
『そういうことになっていくんだろうな』という予感めいたものがあって、不思議なくらい冷静に受け止められた。
姉の気持ちを知っていたアツマさんはべつとして――あすかさんや、流さんは、どう受け止めたのだろうか?
少し気になった。
× × ×
「おはよう利比古くん」
「え……、あすかさん、ぼくが起きてきたとき、『おはよう』を言ってくれたじゃないですか。また言うんですか」
「おはようの……二段重ね☆」
「若干、意味がわかりかねます」
「ホラ、利比古くんも、あいさつ返す! おはようって言われたら、なんて答えればいいのかな??」
「……おはようございます」
「よぉし」
なんだか……あすかさん、朝っぱらからハイテンションだな。
「あすかさん」
「ん?」
「単刀直入に訊きますが……さっきの姉の話を聴いて、ショックじゃなかったですか?」
「んー」
少し苦笑いで、
「なんとなく、わかってたんだよね、わたしにも」
「姉の、気持ちが……」
「そう。……かなり前から、それとなく察してたのかもしれない」
「いつごろからですか?」
「わたしとおねーさんがケンカ中に、わたしが風邪でバタンキューしちゃったことがあったじゃない? 看病してくれる、おねーさんを見て……なんとなく、予感みたいなものが、芽生えてたのかもしれなくって」
「そんなときから……」
「わたし、利比古くんが来る4年前から、おねーさんといっしょに暮らしてるんだよ?」
「……それが?」
「歳の近い、女同士でもあるし……勘づくこともあるんだよ、いろいろ。おねーさんの気持ちが、わたしにも伝わってくるの。以心伝心…っていうのかな」
以心伝心、か……。
「くやしい? 利比古くん」
「いいえ、くやしくないです」
「おぉ、ハッキリと」
「――とにかく、姉の背中を押してあげるしか、ないですよね」
「だね。おねーさんを、応援」
「そして、ぼくたちも、姉の手に頼らず、じぶんのちからでやっていかないといけない。たとえば、ごはんを作ることだって」
「利比古くんにしては、マジメだね」
「……まさか、マジメじゃないという認識だったんですか?」
「教えない」
「そんな。ひどいです」
「教えないぴょーん」
「あすかさん!!」
× × ×
流さんがやって来た。
「盛り上がってるね、ふたりとも」
「わたしのほうが利比古くんより優勢です」
優勢ってなんですか、優勢って。
意味不明瞭ですよ。
「あすかちゃん」
「え? なんですか流さん…」
「成長したよね……あすかちゃんも。もう、オトナだ」
「なんでいきなりそんなこと言うんですか……流さん」
あすかさんとは対照的な落ち着きで、
「本心だよ。」
それから、軽く微笑みながら、
「ほんとうに成長したよ……愛ちゃんとの、相乗効果もあったのかな」
「おねーさんとの、相乗効果??」
「愛ちゃんがあすかちゃんに影響を与えて、あすかちゃんも愛ちゃんに影響を与えた。そうやって、お互い、大きくなっていった」
「わたしは……おねーさんに、与えられてばっかりです」
「そうでもないよ」
「そうでもあります…」
惑い顔のあすかさんに、流さんは、
「…ときどきケンカしちゃうのも、良いスパイスだったよね」
「…スパイスなんて言わないでください」
「雨降って地固まる、ってことわざは、知ってるだろう?」
「なっ、舐めないでください、国語がいちばん得意教科なんです」
「……それは悪かった。
ともかく。
きみと愛ちゃんのかかわりを見ていて……微笑ましかったよ、ずっと」
あすかさんは少しむくれて、
「過去形みたいな言いかたしないでくださいよ。
まだ、なんにも終わってないんだし。
わたしとおねーさんは、これからも……かかわり続けるんだし」
「……きみの言う通りだな。謝る」
ふたりのやり取りを眺めていて、素朴な疑問。
「あのー、流さん」
「なんだい? 利比古くん」
「流さんは、あすかさんが中学生のころから、ここに住んでるんですよね」
「そうだよ」
「……流さんがここに来たのは、いつだったんですか?」
彼は、首筋をポリポリとかきながら、
「……いつだったっけか」
「え、ええっ」
「もう、かなり昔のことだからなあ……」
謎が……またひとつ増えてしまった。