「脇本くん」
「ん?」
「現在(いま)、わたしとあなたの2人だけが、このサークル部屋に居るワケだけど」
「うん」
「誰も入室してくる気配が無いし。『漫研ときどきソフトボールの会』の下級生について話し合ってみない?」
「それはまたどうして」
「決まってるでしょ。わたしが幹事長で、あなたが副幹事長だからよ」
「なるほど……。だけど、下級生の人数、多いよね。全員に言及してたら、日が暮れる」
「今日は2年生に的を絞るの」
「『今日は』? 下級生についての話し合い、何日も続けるつもりなの??」
「1週間とか、そんなには長引かないわよ。でも、あなたの言う通り、下級生は数も多いし、みっちりとチェックしていかないとね」
「チェックするって、いったい何を……」
「いろいろよ!! いろいろ!!」
「……テンション高いね、羽田さん」
「幹事長だもん」
× × ×
「今回は、地の文が無くて、わたしと脇本くんの会話文だけで押し通すから、覚悟していてね」
「それ、言う必要あったの?」
「あったのよ!!」
「さ、叫ばなくたって」
「脇本くん。あなたとは、高校3年生の夏休みの『セミナー』以来の付き合いなんだから、わたしの発言意図はすぐに把握してもらいたいわ」
「たしかに、長い付き合いだけど……」
「『以心伝心』ってコトバがあるでしょう」
「……あるね」
「さーて、2年生でメインの構成員は、2人の男子」
「え、エッ、『以心伝心』ってコトバまで持ち出して、いったいきみは何が言いたかったの」
「まずは、新山文吾(しんざん ぶんご)くんだけど」
「……もう始まってるんだね。羽田さん特有の強引さか」
「野球少年。高校球児。サークル内で、ソフトボールにおいて、わたしと張り合ってる」
「どっちがエースピッチャーなのか、白黒つけたいみたいだよね」
「わたしが卒業するまでには、彼も白黒つけたいわよねえ。わたし5年生にならなくちゃいけないから、まだ時間はあるんだけど」
「羽田さん、いきなり自虐に走らなくても」
「自虐じゃありませんから」
「……わるかった」
「ふふっ」
「な、なぜこのタイミングで笑うの!?」
「今月は気候もちょうど良かったし、ソフトボールの練習も捗(はかど)ったけど」
「……確かに。捗った」
「あなたも観てたでしょう? わたしとブンゴくんの、『覇権争い』」
「あー」
「観てたわよね」
「エースの座をかけて、直接対決」
「そ。わたしが投げたら彼が打つ、彼が投げたらわたしが打つ。投打の直接対決」
「ブンゴは、ピッチャーゴロに終わって……」
「そして、わたしの打球は、美しい弧を描いて、秋晴れのライトスタンドに吸い込まれて」
「ブンゴはその場で崩れ落ちた」
「マウンド上でしばらく立てなかったものね。これまでにも見た光景だったし、これからも見られるであろう光景」
「エースになりたい!! と羽田さんと張り合ってる割には……」
「わたしの牙城を崩せない」
「いちばん謎なのは」
「?」
「羽田さんがどうしてそんなにパワーヒッターなのか。ブンゴの球、かなりの豪速球じゃないか。僕が打席に立って、あの球を投げられたら、ビビって手を出せないと思うよ。でも、きみは少しも臆するコト無く……」
「鍛え方の違いじゃないかしら?」
「でっでも、ブンゴだって、あいつなりに鍛えてるはず」
「――2年生の2人目は、古性修二(こしょう しゅうじ)くん」
「ああっ、話がぶった斬られちゃった」
「わるかったわねー。わたしの話運びに難があって」
「べっ別に良いんだよ別に。そんなジト眼で睨まないで」
「臆病過ぎるんじゃない?」
「僕が?」
「あなたが。わたしがジト眼になった瞬間、大きく仰(の)け反(ぞ)っちゃったりして。ハッキリ言ってオーバーリアクションだわ」
「ごめん……」
「まあいいわ。切り換えていきましょう」
「うん。ごめんね」
「そんなに『ごめん』を連発してると、卒業論文が提出できなくなるわよ?」
「そ、そっ、それは、ホラー発言過ぎる」
「そうかしら?」
「……」
「しょーがないわね。さっさと話を移すわよ。古性シュウジくんについて。彼を漢字4文字で表現するならば、『文学青年』。現サークルメンバーの中で、わたしの次に文学を知っている」
「僕なんかよりもずっと知ってるよね。シュウジに比べたらヘナチョコだよ、僕」
「それでも、サークル内での脇本くんの『文学に詳しいですよレベル』は、上から3番目か4番目」
「そう思う?」
「このサークルの『文学に詳しいですよレベル』、上位陣とその他に大きな『溝』があるから」
「溝、かぁ」
「だからね脇本くん、あなたはもっともーっと自信を持って良いの。シュウジくんと比べて自己卑下(じこひげ)せずに、シュウジくんに立ち向かっていくのよ」
「立ち向かう?? ……具体的には」
「あなたはドイツ文学専攻。そのアドバンテージを活かして、シュウジくんに対し、マウントを取っていくの」
「マウントを……取る??」
「『この小説家知らないよね? ドイツ圏だと、ギュンター・グラスより2段階はマイナーだから、知らなくても無理ないけどさぁ』とか。――こうやって、マウントを取っていくの」
「ヤケに生々しくないか……。僕には、そんな圧力をかけられるほどの勇気は……」
「詩人だったら、なお良いわよね!! 『ヘルダーリンで満足しちゃダメだよ。ヘルダーリンと同時代の詩人で、きっとシュウジも知らないようなドイツ詩人、僕はあと5人は即座に挙げられるんだ!』ってね。ほら、簡単にマウントが取れるじゃないのよ〜」
「……羽田さん?」
「どーしたのよ。視線が急降下してるわよ、あなた」
「……攻撃的だよね」
「誰が」
「きみが」
「なにゆーのっ。世の中は、もっと攻撃的な人間だらけよっ♫」
「説得力、皆無……。最高度にきみらしくはあるが」