【愛の◯◯】6つも年下の女の子の憧憬(しょうけい)

 

「だらしないわよ蜜柑。髪をまとめて結ぶぐらいはしなさいよ」

リビングでくつろいでいましたら、どこからともなくお嬢さまが現れて、いきなり注意してきました。

せっかく漫画雑誌を読み耽(ふけ)っていたのに……。視線を冷たくしてお嬢さまに送り届けます。

「なによ。わたしが怒ったから不機嫌なワケ?」

いつの間にやら左右の腰に両手を当てているお嬢さま。よりいっそう不機嫌なのはお嬢さまの方では?

反発したくて、

白泉社の漫画雑誌を読んでる時は、声をかけないでくださいませんか」

「どうして白泉社に限定するのよ。バカね」

バカとはなんですかバカとは。

睨んでいると、彼女はトコトコとソファに歩み寄り、ふみゅう、とソファに着座。

それから、

「メイド服を着てる時は漫画雑誌を読んではいけない条例でも作ろうかしら」

「条例ってなんですか、条例って」

「ルールよ、ルール」

「それなら、『条例』じゃなくて単に『ルール』って言えば良いのに……」

わたしの疑問を意に介さず、

「この家では、わたしはルールになれるけど、あなたはルールになれないの」

と不可解なコトバを発するお嬢さま。

不可解な上に、ちょっとムカついてきます。

 

× × ×

 

『ドライブにでも行こうかしら』と言って、お嬢さまはリビングから消えていってしまいました。いったいなんだったんでしょーか。怒りたいだけ怒って、『わたしはルールになれる』だとか謎の理論まで振りかざして……。

ドライブ? ずいぶんおヒマなのですね。ドライブ以外にやるコトなら山ほどあるんじゃないんですか? そもそも今日、月曜日ですよ。平日ですよね。祝日の振替休日でもなんでもありませんよ?

 

「誰かに教育的指導を施(ほどこ)してもらうべきじゃないかしら。でも、いったい誰に……」

リビングのソファで肩を落とし、ヒトリゴトを言ってしまいます。

それから壁時計を見たんですが、意外に時間経過が早く、『約束の時刻』まで1時間を切っていました。

お嬢さまの言う通り、メイド服に身を包んでいるからには、髪をまとめて結ぶべきなのかもしれません。お客さんが来られるんですから。

お客さん。

……とは言っても、本日のご来客は、わたしよりかなり年下の女の子。

 

× × ×

 

「髪を結んでるリボン、素敵で可愛いですね」

お代わりの紅茶をティーカップに注(そそ)いでいましたら、そう言われたモノですから、ティーカップに注いだ紅茶の量が多くなってしまいました。

わたしが注ぎ過ぎたのを気にも留めず、川口小百合(かわぐち さゆり)さんはティーカップを口に運んでいきます。

小百合さん。本日のご来客。わたしより6つ年下……で良いんですよね? フレッシュな大学1年生の女の子です。エレガントな雰囲気を醸し出していまして、もしかしたら、最近のお嬢さまなんかよりもよっぽどエレガントであるかもしれません。ティーカップの口への持っていき方などが洗練されている気がするのです。手指が、細くてキレイ……!

紅茶を注ぎ終えたわたしは自分のソファに戻りました。正面の小百合さんと目線が合わさります。小百合さんは身長167センチで、わたしは身長168センチです。ほとんど同じ背丈なのです。

彼女は、わたしのリボンを褒(ほ)めてくれたのでした。彼女のご訪問の直前になって適当に選んだリボンだとはとても言えません。それでも、褒めてくれたのですから、

「ありがとうございます。お嬢さま……アカ子さんは、わたしの身だしなみを滅多に褒めてくださいませんから、今こうやって褒められて、喜びも『ひとしお』です」

「そんなに、蜜柑さんに対して、アカ子さんは厳しいんですか〜?」

小百合さんは無邪気に尋ねます。

わたしは小さく首肯(しゅこう)した後で、

「……残念なコトに」

と呟くように言います。

「一緒に暮らしてるから?」と小百合さん。

「それは大きいです」とわたし。

「ですけど、時々は優しくなってくれるんでは?」と彼女。

「ここ1か月、優しくしてくれたコトも特に無く……」

下向き目線になると同時にわたしは答えたのですが、

「じゃあ、そろそろ優しくなってくれる頃合いですよ」

と、小百合さんに確信めいた表情で言われたのです。

「そう言い切れる、理由って」

下向き目線を上昇させると共に訊くわたしに、

「10代の女子の直感です」

と、彼女が天真爛漫に答えます。

「まだギリギリ10代なので。直感、冴え渡ってるんで」

わたしは、彼女に対し、

「冴え渡ってる、って自分で言っちゃうんですね。自信が溢(あふ)れていて、羨(うらや)ましいです」

と言ってしまいます。

言ってしまった3秒後、とんでもない失言をしてしまったのに気付き、カラダが発熱してしまいます。

「す、す、すいませんっ、たいへん失礼なコトを……」

「いえいえ」

小百合さんはエレガントに、

「蜜柑さんが本音でぶつかってきてくれた方が、私は嬉しいです」

嬉しい……??

わたしが、本音でもって、ぶつかっちゃうのが!?

「蜜柑さんの方が、ずーっと年上なんですから!! 遠慮して欲しくないんですよ〜〜」

「……そうなの? ずーっと年上なのって、根拠になるかしら?」

眼を斜め右下に逸らしながら言ったコトバは、完全にタメ口になってしまっていました。

テンパり続けるわたしに、

「やっとタメ口になってくれた。蜜柑さんのタメ口、とってもカワイイ」

と小百合さんが言い、

「スタイルが良くて、美人で、メイド服も最高に似合っていて。さらに可愛いタメ口が加わって、無敵な感じがします」

と言い足すのです。

伸びていた背筋が猫背になっているのに気付いてしまいました。猫背、というより、過剰な前のめり姿勢、でしょうか……。

そんな姿勢にまでなってしまうほどラチがあかないわたしですが、ラチがあかないなりに、

「『美人』だなんて言われたのは、久しぶりですよ。わたし、ホントに美人ですか? よっぽど、アカ子さんや、あなたの方が……」

遮るようにして小百合さんが、

「『スタイルが良くてメイド服が最高に似合ってる』ってのは否定しないんですね」

と反撃。

んんっ。

「まんざらでも無さそうだし」

んんんっ……。

反撃されてしまったがゆえに、背筋をまた伸ばし、前のめり姿勢から脱却して、かなり大きく息を吸い込みます。

それから、

「確かに、顔よりは、カラダやメイド服の方が、自信を持てるかもしれませんね!!」

と突っぱねます。

なんだか女子高校生みたいな喋り方で突っぱねてしまい、思わず眼を逸らし、自分自身の顔面の熱さに気付いてしまいます。

「――メイド服、かぁ」

呟くように言う小百合さん。

呟きのような言い方に、意味深長めいたニュアンスが込められている気がして、わたしは動揺し始めます。

恐る恐る、視線を彼女の顔に寄せてみます。

彼女は、ティーカップを手に取り、全く音を立てずに紅茶を啜(すす)り、とても静かにカップを置き、ひと呼吸置いてそれから、

「私、メイド服、どうやって着るのか、興味あって。蜜柑さんに、メイド服の着方、教わりたいかも」

「ほえっ!?!?!?」