【愛の◯◯】年上お姉さんの蜜柑さんが笑顔で◯◯

 

夕方。

出身大学の学生会館へ向かう。

仕事が早く終わった。所属していたサークルに顔を出したかった。

で、学生会館1階の音楽鑑賞サークル『MINT JAMS』のお部屋前まで来たワケである。

ドアをノックする。

『どうぞー』という声が聞こえた。フレッシュさが感じられる女子の声。

新1年生の川口小百合(かわぐち さゆり)さんが入室を促す声だった。

 

中に入ってみた。

小百合さんと、それから蜜柑さんが居る。

2人に挨拶をしてから、

「蜜柑さんがここまで来るのって珍しいですね。用事でもあったんですか?」

「用事というか、時間潰しです。本来部外者ですから、このサークルのお部屋に長い時間居させてもらって良いものかとは思ったんですが……」

「長時間滞在も全然OKだと思いますよ。蜜柑さんなら、咎める人なんて居ませんよ」とおれ。

「そうですよ蜜柑さん。サークル部屋に来てくれると嬉しい人、私の他にも沢山居るはず」と小百合さん。

蜜柑さんが照れ笑いする。

「それで、時間潰しって? この近辺で誰かと会うんだけど、まだ時間があるからこの部屋で待機してる……とかですかね」と訊くおれ。

「良く分かりましたねアツマさん。ムラサキくんと会う約束をしてるんです。それまでの時間潰しなんです」と答える蜜柑さん。

それはそれは。

蜜柑さんとムラサキ、親密だな。

親密の密度がどんどん上昇カーブだ。

親密さの内実を探ってみたいキモチが半分、そっとしてあげたいキモチが半分。

ま、そっとしてあげるのがベターだよな……と思っていると、

「リリカさんと鴨宮(かもみや)さんがさっきまで来てたので賑やかだったんですけど、5限の授業を受けに2人とも出ていっちゃったんです」

と小百合さんに説明された。

部屋の一番奥の椅子に蜜柑さんが座っている。小百合さんは蜜柑さんの斜め前から向き合う形。

蜜柑さんから見て斜め右前の椅子に小百合さんは座っている。そこでおれは、蜜柑さんから見て斜め左前に着席するコトにする。パイプ椅子を運んで腰掛け、小百合さんの逆サイドから蜜柑さんと向き合う。

「リリカさんと鴨宮くん来てたんか。タイミング合わんかったな。悔しいな」

おれは言い、

「じゃあ、さっきは楽しかったでしょ? 和気あいあいと」

と小百合さんに訊く。

「和気あいあいでした」

素直に答える小百合さん。

「リリカさんと鴨宮くん含め4人居たんだから、賑やかで良かったな」

小百合さんの横顔に言うおれ。

彼女はチラッと横目でおれを見る。

それから、コトバを発そうとするのを何故か一旦ためらい、そのあとで、軽く息を吸い込んでから、

「アツマさんが来てくれたから……今、2人分の賑やかさが産まれてますよ」

と言った。

「えっ、小百合さん、そんなにおれを高評価」

苦笑いしつつ恥ずかしげな小百合さん。

なんぞ?

ここで、おれと小百合さんのやり取りを観ていた蜜柑さんが、

「良かったですねアツマさん。リスペクトしてくれる女の子がまた1人増えて」

と微笑ましそうな声で言う。

「リスペクト、ですか」とおれ。

「アツマさんは昔から、多くの女の子に慕われてきましたよねえ。恋人の愛さんだけに留まらず」と蜜柑さん。

若干ニヤけ顔でそうおっしゃる蜜柑さんに、

「どうですかね。実感はあまり無いですけど」

と、首筋を軽くポリポリ掻きながら、コトバを返す。

蜜柑さんは意味深な笑顔になる。

その意味深さにザワリ、という感覚を覚えるおれに、

「わたしだってアツマさんを慕ってるんですよ。言うまでも無いかもしれないですけど」

と、今はメイド服を着ていないファッショナブルな年上お姉さんたる蜜柑さんのおコトバが……。

小百合さんが、控えめな口調で、

「アツマさんと蜜柑さんはいつからのお知り合いなんですか?」

「んーっと、5年前、かな」

答えるが、

「『かな』は要らないですから。アツマさん」

蜜柑さんに即座にツッコミを入れられてしまった。

鋭いツッコミとは裏腹に蜜柑さんはニコニコ顔。

うううむ。

 

× × ×

 

『ムラサキくんと会う時刻の25分前なんですが、わたしとお外をブラブラしてくれないですか?』

蜜柑さんからおれにそんな申し出があった。

おれとお外ブラブラの意図は何なのだろうか。

2人になって伝えたいコトでもあるというのか。

疑問点はあるが、年上お姉さんな蜜柑さんの申し出を断るワケには行かず。

 

夏木立の道をブラブラと歩きながら、

「小百合さんをサークル部屋に取り残しちまって、ちょっと悪かったかもな」

と呟く。

すると、

「良いんですよ。」

と蜜柑さん。

「え!? でも、彼女、サークル部屋でぼっち状態に……」

蜜柑さんは右隣のおれに優雅に振り向き、

「たくさんの女の子に慕われてる割には、女の子ゴコロを推し量るのが苦手みたいですねぇ」

と言い、余裕笑い。

「年下の女の子をそっとしておく技術、磨いておいて損は無いですよ?」

蜜柑さんは言い足す。

「あ。愛さんも、年下の女の子でしたねえ」

なおも言い足して、

「愛さんはいちばん通じ合ってる女の子だから、アツマさんは上手く対応できてると思っておりますが……」

スラリとした長身に代表される優雅な見た目を誇る蜜柑さんが、年下男子を面白がっているような笑い顔を持続させつつ、

「さっきの小百合さんとのシチュエーションにしてもそうなんですけど、キモチを慮(おもんぱか)るという面で、アツマさんには改善の余地があると思ってしまうんですよ」

「えっ」

思わずマヌケな声を出してしまった。

改善の余地!?

改善の余地、ですか!?

蜜柑さんもしや、そこはかとなくお説教モードに!?

「……あのっ、なんか、小百合さんへの対応で、マズいトコロあったりしたんでしょうか」

「あったりしたんですよ」

蜜柑さん、即答。

うろたえて、おれは、

「具体的には、どのような……」

「いろいろマズかったんですけども」

「……はい」

「マズかった点を2つだけ、この場でピックアップしてみましょう」

蜜柑さんの勢いが圧倒的過ぎる。おれは必然的にタジタジになっていってしまう。

年上お姉さんの『凄み』というか何というか……。おれは翻弄されるばかりだ。

蜜柑さんは、おれに視線を向けて、成熟したオトナ女性に相応しき微笑みを。