【愛の◯◯】温もりを込めて、ナイショだった◯◯を。

 

控えめなノックの音。なんとなくだけど、誰がノックしてきたのか推測できる。勉強机から立ち上がり、ドアに歩いていく。

ドアを開くと、身長140センチ台の小柄な女の子が立っていた。長めの髪のボサボサ加減が可愛らしい。焦げ茶色のナイトウェアに小さなカラダを包んでいる。160.5センチのわたしの胸の下あたりに視線がある。

彼女は麻井律(あさい りつ)ちゃんだった。

わたしの弟の利比古の先輩だった女の子。桐原高校で『KHK』という放送系クラブを率いていた。学問に専念できる環境が整っている茨城県の某国立大学の4年生。彼女の方から、『お盆の帰省の時に、お邸(やしき)に泊まらせてほしい』と申し出てきた。彼女が邸(ここ)に来るのも本当に久しぶり。嬉しかった。

さて、控えめにドアをノックした麻井律ちゃんは、控えめに部屋の入り口前に立っている。

「りっちゃん」

彼女に呼び掛けるわたしは、

「入って良いのよ。遠慮しないで?」

と促す。

りっちゃんの目線が少し上がった。

 

勉強机手前の椅子に再び座り、椅子を回転させてりっちゃんの方に向く。りっちゃんは、ほとんど正座のような腰の下ろし方をしていた。脚は少し開いているけど、両膝が床に密着している。彼女はボサボサ髪がトレードマークなんだけど、そのトレードマークを除けば意外とキチンとしていて、今のような正座同然の格好も、礼儀の正しさみたいなモノを醸し出している。

でも、

「緊張しないでよ、わたしの部屋に入ったからって」

と伝えて、わたしは彼女をほぐしてあげようとする。

軽く息を吸って吐き、りっちゃんは、

「この部屋に来るのに、ココロの準備が必要だった」

と打ち明けるが、すかさずわたしは、

「どーしてよーっ。ココロの準備なんか、要らないでしょー? どんな理由であっても、あなたなら、この部屋に入るのは大歓迎よ!」

りっちゃん、一気に狼狽(うろた)え顔。

すぐに、

「ごめん、ふざけたように言っちゃった」

と謝るも、

「あなたが部屋を訪ねてきた理由は、なんとなく分かるわ」

と告げ、りっちゃんの顔をベターッと見てみる。

それから、

「初日の夜は、わたしたちの部屋がある所から離れた部屋で寝ていた。でも、2日目の今夜は、わたしの部屋で夜を明かしたい」

と推理を言う。

慌てたりっちゃんは、

「よ、夜を明かすだなんて。愛さんの睡眠をジャマするつもりなんか、これっぽっちも……。あ、あのね、アタシは、ただ……」

「わたしの傍(そば)で眠りたい」

りっちゃんの狼狽えぶりが増していくのが眼に映った。

小柄なカラダの相乗効果で、とても可愛らしい。

「そうなのね?」

パジャマだったわたしはパジャマズボンの膝上に両手を置く。

そして、

「わたし、そろそろベッドに入ろうかって思ってたの。だから、『夜を明かす』云々は冗談。洗った髪もようやく乾き切ったし、明日は早起きして朝食を作る予定だったから、それなりに早寝がしたかったし」

「……そうだったんだ」

「そうだったのよ?」

わたしは、ベッドのある方角を向き、

「あとは、ベッドに入るだけなんだけども。りっちゃん、あなたをカーペットで寝させるワケにはいかない」

と言ったトコロでいったんコトバを切り、りっちゃんの顔に向かってジットリな視線を送り、それから、

「もっとも――あなたには心積もりもあったみたいな感じだけど」

と言いつつ、微笑みながら、

「最初から、寄り添って寝たかったんじゃない? あなたの体格なら、わたしと一緒にベッドに入るのなんて、お茶の子さいさいだものね」

と、告げる。

りっちゃんの顔に赤が滲(にじ)んだ。

 

× × ×

 

りっちゃんの小さなカラダは掛け布団の中にすっぽりと収まる。女の子ならばもうひとり寝られるような余裕もベッドにはあった。ふたり寄り添って眠るんだけど、ずいぶんな「ゆとり」がベッドには生まれている。

窓側に寝転ぶのがわたしで、その右側にりっちゃん。ささやかな温(ぬく)みを感じ取るコトができる。もう少し寄ってきたって全然構わない。

「アタシがワガママで、ゴメンね」

りっちゃんの声。

「謝っちゃイヤよ?」

わたしのお返事。

「うん……」

りっちゃんの、お返事に対するお返事。

「わたし、今夜は、探偵役みたいになってるけど」とわたし。

「探偵役?」とりっちゃん。

「探偵。任務は、あなたのキモチを解き明かすコト」

「任務って」

と、如何にも苦笑いしながら言っていそうな声が、右サイドからわたしの耳に。

「楽しいわ」とわたし。

「楽しい?」とりっちゃん。

「楽しいわよ。とってもね。あなたが胸やお腹の奥底に秘めてる感情みたいなモノを、掘り起こしていくのが」

「……ちょっとスケベだよ、愛さん」

そうかなー。

「ねぇ、定番だって思わない、りっちゃん? お泊まりの夜で、ベッドを共有して、ナイショ話をする。まるで修学旅行みたいなシチュエーションだけど、修学旅行とは違って、今夜はふたりきり」

押し黙りのりっちゃん。

でも、彼女がカラダを少しだけ動かして、距離を近付けてくる音が聞こえてきた。寄ってきてくれたから、温もりが増す。

わたしは天井に眼を向けて、

「もっとも、この喩えには、『わたしが出た女子校には修学旅行が中学高校どちらも存在しなかった』ってオチが付くんだけど」

「なにそれ。なんだかおかしい」

笑いのツボに触れちゃったみたい。りっちゃんが笑い出している。

彼女の反応が嬉しくて、わたしは彼女の方を見る。顔と顔が近い。

「愛さんには敵わないな。ユーモアって点でも、負けちゃう。アタシは、降参」

LEDの明かりを絞って部屋が薄暗くなっていたから、細かい表情は分からない。だけど、今のりっちゃんは、きっと、微笑み混じりの苦笑い顔なんだと思う。

15秒間ぐらいの沈黙が生まれた。

「愛さん」

呼び掛け。今度は、真面目さの色が濃いような声。

「くっつけて、いい?」

くっつける?

「肩と肩をくっつける、とか?」

「そう。そんな感じ」

「意外ねぇ。りっちゃんにそんなにスキンシップ欲があっただなんて」

「……あるんだよ。これが」

あれっ。

わたし、「スキンシップ欲」だとか、おどけて言ったつもりなのに、彼女からは、本気な返答が。

彼女はこう続けた。

「本音を言わせてもらうなら……肩と肩の触れ合わせよりも、もっと、ベッタリとしたい」

彼女の意外な想いにわたしはビックリした。ここまで、距離を近付けていきたいキモチがあっただなんて……。

「わたしのカラダが、そんなに好きなの? なんてことのない体型なのよ? ほら、胸の大きさだとか、互いにドッコイドッコイ……」

言い終わらない内に一気にカラダの熱が届いてきた。

りっちゃんのコンパクトなカラダ全体がわたしにくっついた。

ささやかな大きさのわたしの胸の下あたりに強い温(ぬく)みを感じた。たぶん、彼女が顔を埋めてきている。

りっちゃんの大胆な行動により、わたしの対処が遅れてしまう。

どうしたの!? そこまで甘えたかったの!? なにか、悲しいコトや不安なコトでもあったの!? 肉体言語で、わたしを、まるでお母さんであるかのように……!!

「……羽田利比古。」

いきなり、りっちゃんの口から、わたしの弟のフルネームが耳に届けられた。

「えーーっと、弟が、なにか?」

自分の背中がじんわりと汗で湿るのを自覚しながら問い掛けると、

「羽田利比古……。超美人なアンタの弟にして、超ハンサムな男子。桐原高校で知り合って、先輩後輩の関係の中で、傷付けたりとか傷付けられたりとか、いろんな関わり合いをして……。時には、アタシとアイツとで、ふたりきりで映画館に行ったりして」

「な、なにが言いたいのかなー、りっちゃんは。ここまで密着して、伝えたいコトって……」

「――アタシの卒業後、急に疎遠になったのは、アタシの自己責任で。昨日、アイツの顔、約3年半ぶりに見たら、コトバにできないキモチが胸を満たして……」

息を呑む。

りっちゃんが本当に伝えたいコトのヴェールが、取り除かれようとしているから。

「愛さん」

ひと呼吸置いてから、彼女は、りっちゃんは、

「アタシ、アンタの弟が、好き」

と、ついに……。

「アンタが何となく勘付いてたのは、分かってた。だけど、『どの時点で』恋心を抱いちゃったのかは、推理できなかったんじゃないかな……」

カラダを丸くして、わたしに直(ジカ)に寄り添い、温もりを伝え続けている。

そして、カラダの温もりだけでなく、ナイショだったキモチすらも……わたしに、わたしだけに、りっちゃんは、伝えて。