母さんと愛が協力して美味しい料理をたくさん作ってくれた。わたしの誕生日を祝うためだ。わたし・父さん・母さん・兄さん・愛・アカ子の6人で食卓を囲んだ。アカ子がいちばん多く食べ、いちばん多く飲んでいた。例によってというか何というかだった。
わたし・愛・アカ子の同級生トリオは、食べてからわたしの部屋に戻り、しばらく会話を楽しんでいたのだが、
「夜遅くになり過ぎたらアツマくんも寂しがるだろうし、ごめんけどそろそろ帰るわね」
と愛が言い、カーペットから立ち上がった。
「分かったよ。いろいろありがとう。前日から泊まり込んでくれて嬉しかった」
わたしはそう伝えてから、
「さっきのご馳走の中に、ミートソーススパゲッティがあったけどさ。もし良かったら、今度、わたしに作り方教えてよ」
と照れくさい気持ち混じりにお願いする。
「良いわよ。いつでも教えてあげる。即席のお料理教室なら、わたしにお任せよ」と愛。
「アハハ。愛には敵わないな」とわたし。
「お料理のスキルアップしたいんでしょ? モチベーションがあるのは良いコトだわ」
わたしをホメながら、愛は部屋の扉に向かっていく。
「マンションに帰ったら、『家族サービス』してあげるんだよ、アツマさんに。彼、昨日は独りで夜を過ごしたんだから」
わたしは愛の背中にそう告げた。
「『家族サービス』って何かな、『家族サービス』って」
そう言いながら扉を開けようとする愛の横顔の微笑みが可愛かった。
『家族サービス』と言ったのには確かな意味がある。だって、愛とアツマさん、もう夫婦みたいだし……。ふたりを見ていると、新婚ホヤホヤの夫婦みたいに思えてしまう。そんな時が増えた。だけど、わたしの眼にふたりがどう映っているかを伝えるのは、また別の機会。わたしがふたりに対して抱くキモチは、胸の中でそっと温めておく。
× × ×
「帰っちゃったね」
愛が出ていった扉の方を見ながらわたしは言った。カーペットにだらしなく腰を下ろしているわたし。ベッドに柔らかく腰掛けているアカ子。女子ふたりだけになった部屋。
アカ子に向き直ったわたしは、
「さて、『お嬢さん』は、どうしたいのかな?」
と尋ねてみる。
「迷ってるわ」
ベッドに優雅に座る社長令嬢は答える。
「終電ならまだ先だし。終電より遅くなっても、タクシーを呼べば良いんだし」
と言うアカ子に、
「タクシー代、もったいないじゃん。ま、もったいないって言ったって、あんたにとってはポケットマネーみたいなモノかもしれないけど」
とわたしは言い、
「お泊まり、っていう発想は……無いの?」
と言いつつ、少しだけ前のめりの姿勢になる。
「さやかちゃんは、そんなに、このお部屋に誰かに居てほしいの?」
ちょっとだけ呆れ混じりの微笑(わら)いで、アカ子はわたしを見下ろす。
「居てくれた方が楽しい。それに、今晩泊まるのは、あんたにとっても良いコトだと思うし」
そう答えるわたし。
アカ子はほんのちょっと首をかしげ、
「わたしにとっても? どういうコトかしら?」
「あんたが心配だからだよ」
「えっ」
「心配だから、もう少しだけ、引き留めておきたいんだ」
「どうして……」
それなりの量の息を吸ってから、わたしは、
「アカ子。ハルくんが……あんたの彼氏がこの国を出ていってから、だいぶ時間が経ったでしょ。ハルくんは地球の裏側だから、夜毎(よごと)寂しくなるぐらい寂しいのが、簡単に想像できる。彼氏の長い不在は、寂しいし、ツラい。恋人を持ったコトの無いわたしだって、そんなキモチぐらいは把握できる」
うつむき、眼を逸らしてしまうアカ子。
「痛みならば、かなり癒えてきているし……。悲しみが頻繁に襲ってくるような状態は、脱したから」
「強がってるのを隠せてないよ、アカ子」
うろたえが顔に加わり、
「強がってなんか無いわ。みんなが思ってるより、わたし、大丈夫なんだからっ」
と、誤魔化す。
「まあまあ。もうちょい落ち着きなって」
「……落ち着いてるから」
「そーかな?」
「そーよっ!」
アカ子の反応が面白くて、思わず笑ってしまう。でも、笑うだけではいけないから、
「呑んだら、もっと落ち着くと思うな、わたしは」
呆然となって、
「呑む……? 呑むって……アルコール摂取……!?」
「アカ子絶対呑み足りてないでしょ。さっきの夕食の時の、赤ワインボトル1本ぐらいじゃあ、到底満たされない」
図星であるのが、表情から明らかに読み取れた。
「その様子だと、夜が更けるまで飲み明かしたそう」
わたしは徐々に腰を上げていき、
「こういう場合に備えて、冷蔵庫には、あんたの大好きな飲み物をいっぱい入れてあったから」
唖然呆然のアカ子に視線を直(ジカ)に当て、
「あんたのアルコール耐性に夜更けまでついていけるかどうかは、怪しいんだけども」
と苦笑いし、
「寄り添ってあげたい。寄り添わなきゃ、大親友失格だよ」
と告げて、完全に立ち上がる。