【愛の◯◯】アカ子さんはウィスキーより強く、おれより強い

 

なんと今日は仕事が午前中で終わった。

いわゆる「半ドン」だ。実家の邸(いえ)に向かう。

応接間に向かっていく。

横に長いソファには愛とアカ子さんが既に隣同士で座っていた。

 

おれは真向かいのソファに腰を下ろした。

アカ子さんに眼が行く。

涼やかなワンピースだ。やや濃いめの青1色。

『昨日の夜におれの妹がマンションの部屋で途中から着ていたワンピースと、どっちがお値段が高いんだろうか……』

そんなふうな余計なコトを思ってしまう。

おれから見てアカ子さんの右隣の愛が、見かねたように、

「品が無い目線してるわね、アツマくん」

「ぐぅ」

「そして、『ぐぅ』だとか品が無いリアクション」

すんません。

「アカちゃんのワンピースに見惚れちゃうのは予測範囲内だった。だけど、何事も『ほどほど』なのよ?」

はい。

「アカ子さん。すまん。なんか変な視線向けちまったよな」

しかし彼女はすこぶる上機嫌に、

「神経質になる必要ありませんよ、アツマさん」

と言い、それからより一層ニコニコとしながら、

「わたしのワンピースを気に入ってくれたみたいで嬉しいんですけれど。それはそうとして」

やはりというかなんというか、その次に出てきたコトバは、

「せっかくアツマさん、午後がまるまるお休みになったんですから。堂々とお酒が呑めるのも、午前中上がりの特権ですよね?

 

さすがは……アルコールにかけては最強の血筋の彼女。

 

しかし、おれは軽く咳払いして、

「ごめんけど、アカ子さんみたいに日が暮れるまで酒を呑み通せるような『体力』は無いよ」

「まあまあ。別にわたしについて行こうとしなくたって良いんですから」

「そーよそーよ。マイペースで呑んでれば良いのよ、あなたは。わたしたちがわたしたちのぺースであなたをイジり倒してあげるから」

あるコト無いコト言うなっ、愛っ。

「愛よ。おまえにしたって、アルコール耐性ではアカ子さんに負ける……」

「アツマさん、アツマさん♫」

ウキウキワクワクモードのアカ子さんが割って入り、

「ここは、ウィスキーですよ♫」

「……『ここは』って、なに??」

おれに取り合うコト無く、

「愛ちゃんによれば、明日美子さんがものすごく上等なウィスキーを手に入れたみたいで」

母さん。

またそんな高い買い物したんか。

そして、母さんの高い買い物に、酒大好きっ子のアカ子さんが呼び寄せられるように……。

「わたしは日々、ウィスキーの美味しい呑み方を開発し続けてるんですけれど」

涼やかな青いワンピースの彼女がそんなコトを言って、

「是が非でも、アツマさんに、開発した呑み方をレクチャーしたかったんですよ」

と言いつつ、綺麗な視線をおれに寄せてくる。

どんな世界に引き込まれて行ってしまうのか。戦々恐々なおれ。

立ち上がりつつ、愛がアカ子さんに、

「じゃあわたしお酒とグラス持ってくるわね」

「よろしくね、愛ちゃん☆」

 

× × ×

 

母さんが購入したウィスキーは案の定強度で、水で割ってもソーダで割っても強烈なアルコールが食い込んでくる。

アカ子さんが上手な水での割り方とソーダでの割り方を教えてくれたので、美味しく呑めたコトもまた事実なのだが。

それにしたってアルコールが強い。ウィスキーがおれを打ち負かしてくる。

おれがウィスキーの強さに打ち負かされる一方で、強過ぎるアカ子さんはウィスキーの強さをモノともしない。

手の内に入れている。

「アカ子さん……。呑むの、休んでも良いか」

「ご自由に☆」

おれはヘロヘロと苦笑いするしかない。

「なんだかこんなシチュエーション、『シンプル・イズ・ベスト』って感じするわよね」

奇妙なコトを愛が言い出した。

「もう遥か前のコトだけど……ほら、わたしとアカちゃんが仲良くなりたてだった頃。わたしたち中等部の3年だったと思う。こうやってアカちゃんと並んで座って、今と同じようにアツマくんが眼の前に居て、わたしたちはアツマくんを遊び道具にして……」

なーにが「遊び道具」じゃっ。

愛。おのれは、どういう目的でそんな過去を回想するというのか!?

「愛ちゃーん。アツマさんを『遊び道具』扱いはヒドいわよぉ」

ほ、ほれ。アカ子さんだってそう言ってるぞ。

満面の笑みは崩してないけど。

ウィスキーグラスを右手に持って、

「でも懐かしいわね。愛ちゃんが『シンプル・イズ・ベスト』って言ったのって、原点というか原風景というか……わたしとあなたが仲良くなった頃を想い起こさせるような、そんな何かが、今この瞬間に満ち溢れそうになっているってコトでしょう?」

「まさに。15歳の頃に時間が巻き戻るみたいに」

「15歳の飲酒は法律で禁止されてるけどな」

「ちょっとちょっとアツマくん!!! どうしてそんなに『場の空気クラッシャー』みたいにあなたはなっちゃうワケ!?」

アカ子さんが可憐な笑い声を出して、

「確かに、『原風景』にはアルコールは存在しなかったわよね」

と言いつつも、

「アツマさん。ご存知でしょうけれど、数日後にはわたし、22歳の誕生日を迎えるワケですけれど」

と、ちゃっかりとおれのグラスにウィスキーを注(つ)ぎ足しながら言って、それから、

「初めて知り合った時と比べて、わたし、どれくらいオトナになったとお思いですか? この際だから、包み隠さず言ってほしいんです。印象がどう変化したのか、教えてほしいんです」

 

ううぅ……。

こうなってくると、アカ子さんはこれ以上無く手強い……!!