傷心のアカ子さんが、おれと愛のマンションにやって来た。
× × ×
夜。
アカ子さんと愛が、ダイニングテーブルで向かい合って酒を飲んでいる。
ウィスキーグラスにウィスキーを注(そそ)ぎ込んだ愛が、
「ハルくん、ホントにホントにありえない。自分勝手過ぎる。なんの予告も無いままに海外に行っちゃうだなんて」
と言い、
「アカちゃんを置き去りにするなんて卑怯だわ。卑怯過ぎるわ」
とハルを罵倒する。
「今すぐにでも『お仕置き』に行きたいのに、地球の裏側に行っちゃったから、行こうにも行けない」
そう言って愛はグビグビとウィスキーを喉に流し込むのだが、
「その辺にしておいてあげて、愛ちゃん」
と缶ビール片手のアカ子さんに言われてしまうのだった。
「で、でもっ、アカちゃん」
「彼にも理由はあるのよ」
「だけど、説得力が無いでしょ?」
「説得力云々はあまり関係が無いと思うの」
「そんな」
「もちろん愛ちゃんが怒っちゃうのも理解できる。だけれど今のわたしには、彼の意見も尊重してあげたい気持ちも産まれてて」
「尊重……!?」
「理解できないかしら、わたしの気持ち」
「そ、尊重なんて、そんな……!! ハルくんがヒドいことしたって感覚が、あなたには……!!」
「わたしには、なあに?」
アカ子さんは笑顔でピシャリと愛に言った。
愛は戸惑って口ごもる。
ふたりの間に漂う微妙過ぎる空気。
見かねざるを得ないおれは、ソファからダイニングテーブル目がけて、
「愛よ」
と呼び掛け、
「おまえもコドモじゃないんだから、尊重して、理解してやれ」
と叱る。
シューンと下向き目線になる愛。
やーれやれ。
愛をシューンとさせつつ、愛と相対(あいたい)しているアカ子さんに向かい、
「もっと飲んだら?」
と勧める。
「きみ、今日は缶ビール1本しか飲んでないだろ。ハルのことを理解すると言っても、やり切れない気持ちだってあるだろ? 飲んで発散してみたらどうかな。酒のストックはまだまだあるんだし」
アカ子さんは惑い顔になり始めて、
「で、ですけれど……わたし、ハルくんがいなくなったあとの数日間、悪い飲みかたばっかりして、悪い酔いかたを積み重ねて」
おれはアカ子さんを直視し、
「そっか」
とだけ言って、優しく微笑んでみる。
アカ子さんは缶ビールをテーブルに置いてしまった。
このタイミングで、愛が、
「アツマくん? アカちゃんにお酒を勧めたい気持ちはわかるわ。だけど、若干アルコールハラスメントめいてたわよ、あなたのコトバは」
「愛はそう思うか」
「思うっ」
「おまえがそう思うんなら、アルハラ的だったんだろうな」
そう言って、戸惑いのアカ子さんに向かって、
「ごめんな、アカ子さん」
と素直に謝る。
すると愛が、
「誠意が無いわね」
と言い、
「誠意が籠もってなかった、あなたの謝りかた。イエローカード」
とか言い出して、
「わたしにいい考えがあるわ」
……いい考え?
なんぞ。
愛が、アカ子さんのほうに身を乗り出す。
彼女を狼狽(うろた)えさせてから、まさに性悪(しょうわる)の象徴のごときニヤニヤフェイスを作り上げて、
「アカちゃん。あなたに、アツマくんを貸すわ」
……はあ!?
なに言ってんだコイツ。
当然アカ子さんは衝撃を受けて、なんにもコトバを出せない。
ディープ過ぎるほどのインパクトを受けた彼女に対し、愛が、
「人肌が恋しいんでしょ、アカちゃん。今晩だけ、彼をレンタルするから。彼を好きなようにしてちょうだいよ」
いや。
マジで意味わかんねえ。
『人肌』ってなんですか、『人肌』って。それ、正しい日本語ですか??
アカ子さんはなにも言えないままに、おれのいるソファのほうを向いてくる。
「プランA」
と謎のコトバをいきなり発した愛が、
「アツマくんの肩に、ひっついてみる」
と……驚愕のプランを提示する。
「淋しいでしょ? 淋しいわよね? ハルくんの埋め合わせ、じゃないけど、アツマくんに寄り添ってみたら、きっとあなたの淋しさも紛れて――」
× × ×
アカ子さんがおれの右隣に来てしまった。
緊急事態。
ソファの下のカーペットで、完璧なる寄り添い状態……!!
「遠慮しなくていいのよー、アカちゃーん。もっと距離を縮めなさいよ~~」
だ、黙りやがれ、愛……!!
愛に対して威嚇の睨みつけをしようとしたおれ。
しかし。
どういうわけだろうか。
驚いたことに、アカ子さんは愛のコトバに忠実に従う。
つまり。
彼女は遠慮しなくなって、おれとの距離をもっと縮めて、挙げ句に……自分の左肩を、おれの右肩にくっつけてきた……!!!
ヤバい。ヤバ過ぎる。
意味不明シチュエーション。
アカ子さんの肩がおれの肩にくっつくのは、もちろん生まれて初めてだ。
なんだこのスキンシップ。
おい。
どんな罰ゲームより辛いぞ。
『愛が、自分の親友の女の子(彼氏持ち)を、自分の彼氏のカラダにくっつけさせている』
……こうだよな。こういうコトだよな。
要約したら、いっそうおぞましい。
おれの理性が過去最高に試されている。マジのマジで。
しかも。
おれの鼻孔に……なんだか、アカ子さんの使っているシャンプーらしき、いい匂いが……!!
が、頑張ってくれ、理性。
どうか負けないでくれ、理性。
理性に祈り続ける。
しかし、しかし、なんだか、彼女が彼女自身の重みを、おれに傾けていっている感触すら……!?
「アツマさん」
くっつきの彼女が、ポツリと言う。
そしてそれから、
「あったかいです。とっても」
と、甘えた感じの籠もった声で……!!!