【愛の◯◯】背くらべを許して

 

「愛ちゃん、受験、お疲れさま」

 

受験が終わった愛ちゃんに会いに、彼女のお邸(やしき)に来た。

 

「うん、ありがとう、アカちゃん」

 

よかった。

いつもと変わらない。

愛ちゃん、元気。

 

これなら――きっと。

 

わたしが愛ちゃんの顔を見て安心していたら、

「おや、アカ子さん」

アツマさんが、ひょいっ、と姿を現した。

 

「……いつもながら、空気読めないんだから」

「なんだよそれー、愛」

「せっかくアカちゃんが来てくれたんだから、アツマくんはどっかに引っ込んどいて」

「どこに行きゃーいいんだよ、おれ」

「……さあねぇ?」

「おい」

「自分で考えて」

「おい」

「自分で考えられないほど、お子さまじゃないでしょ?」

「お子さまって、なんだと思ってんだ、おれを」

 

ツン、とそっぽを向いてしまう愛ちゃん。

 

ふたりのやり取りが、相変わらず面白くて、思わずクスリと笑ってしまう。

 

「――『お子さま』はひどいわよ~、愛ちゃん」

彼女は若干恥じらって、

「……だったかもね」

かわいい。

 

「アツマさん、一緒にいてくれても、いいんですよ」

「いやあ……、ふたりで、積もる話もあるんだろうし」

「優しいですね」

「そう?」

「アツマさんの優しさに……わたし、甘えてみます」

「!?」

「すみません、ことばがヘンでした。

 やっぱり、ふたりきりに、させてください」

 

× × ×

 

「コーヒーで、ほんとうに、よかったの?」

「よかったのよ。

 愛ちゃんの飲みかたとは違って――砂糖は必須だけれど」

 

そう言って、角砂糖とミルクを入れて、ぐるぐるかき回した。

 

愛ちゃんはブラックコーヒーをぐいっ、と飲んで、

「アツマくんの存在が邪魔でごめんね」

「そんなことないわよ」

「そんなことあるよ」

「…厳しいのね」

「厳しくするときは、厳しくするの」

「じゃあ、優しくするときもあるの?」

「…当然」

「――いまの愛ちゃんの顔、かわいい」

「あ、アカちゃんっ」

「からかっちゃったわね、ごめんなさい」

「べつにいいけど……」

 

「――ハルくんの話、してもいいかしら?」

「もちろん」

「あのね、

 一足先に――ハルくん、大学に受かっちゃって」

「よかったじゃないの!!

 もっと嬉しそうな顔してもいいんだよ、アカちゃん」

「でも、愛ちゃんの合格発表、まだだったから――」

「そんなの関係ないよ」

「愛ちゃん……」

「100%、アカちゃんのおかげよね。付きっきりで勉強教えてあげてたんだし」

「それは……違うわ」

「え、ええっ」

「むしろ100%、ハルくんのがんばりよ」

「け、謙遜しすぎじゃないの……」

「ハルくんのがんばりイコール、わたしのがんばりだから」

「アカちゃん??」

「レトリックよ」

「レトリック……」

 

うふふ、と笑ってみるわたし。

 

愛ちゃんは、

「とっとにかく、『おめでとう』って言ってた、って彼に伝えといて」

「わかったわ」

カップの取っ手に指をかけ、甘いコーヒーを味わい、

「彼を合格させるのも、甘くはなかった……初めは、大学に入ること自体、危ないってレベルだったから」

「『字が汚い』って、アカちゃん言ってたの、覚えてる」

「だけれど、人は3ヶ月あれば、変われるのね」

「おー」

「身にしみて、理解できた」

「ハルくんも、いっそう強くたくましくなった、と」

苦笑いして、

「それはどうかしら」

愛ちゃんは身を乗り出し気味に、

「ね、ね、」

「なぁに?」

「ハルくんのおうちに、アカちゃん行ったんだよね?」

「ええ、行ったわ」

「ドキドキしなかった!?」

「ドキドキ、って――」

「ほら……、彼の部屋に、入ったんでしょ」

 

なにを想像してるやら。

そして、なにを期待してるやら。

 

「入ったけれど……少し、トラブルがあってね」

トラブル!? どんな!?

「あ、愛ちゃんが期待してるようなことは、起こってなくってね、」

 

 

× × ×

 

「な~んだ、そんなことか。

 でも、その椎菜さんって女(ひと)には、注意しなきゃね」

「ハルくんにとっては、従姉妹だけれどね」

「従姉妹だからだよ」

「どういうこと…?」

「…レトリック。」

 

× × ×

 

「愛ちゃん、お庭の花を見せてもらいに行ってもいいかしら?」

「いいよ」

 

× × ×

 

ウッドデッキに腰を下ろして、

お庭をまったりと眺めていた。

 

陽当たりがよくて、いいお庭……。

 

「アカ子さんじゃないか」

背後から、呼びかけられた。

「なにゆえ、こんなところに?

 愛とケンカしちまった、とか」

「見当違いですよ、アツマさん」

「だったら、なにゆえ…」

「ここに咲いているお花を見てみたかったからです」

「そんなに…きれいかなあ」

「きれいですよ」

「…アカ子さんが、きれい、って言うんだったら、間違いなく、きれいなんだろうな」

「なんですか、それは」

 

面白くて、吹き出しそうになる。

 

アツマさんも、ウッドデッキに座る。

ただし、わたしと距離をあけて。

そんなに、遠慮しなくても。

 

「アツマさん。わたし、ひとりっ子なんです」

「……」

「すっかり姉妹みたいな同居人メイドなら、いるんですけれどね」

「蜜柑さんか」

「はい。年上ではあるんですけれど、ぜんぜんリスペクトできないのが困りものですが」

「……そうなの?」

 

片手で頬杖をついているアツマさんに、わたしは、

 

「お兄さん……ほしかったかも」

 

彼の、頬杖をついていた手が、離れた。

 

「ヘンテコな願いが、あって。

『1日だけ、あすかちゃんになってみたい』っていう。

 ヘンテコで、ぜいたくな願いですけれど」

 

あすかちゃんになりたい、

アツマさんの、妹ごっこがしたい――、

なんて。

 

口に出すまでのことでも、なかったのかしら。

でも、口に出しちゃった。

 

それに、

「こんなこと言うのは――アツマさんを、リスペクトしてるからです」

 

「マジ」

「はい。嘘偽りなく」

「だから……妹になってみたい、って、理屈に……なってるかなあ?」

 

悩ませてしまいそう。

 

「いまじゃなくていいんです。いつか」

「ん……」

 

アツマさんのこころを、そんなに乱したくはない。

 

「頭の片隅にでも置いておいてください」

とだけ言っておいて、

「さて」

と、わたしは立ち上がる。

 

それに呼応して、アツマさんも立ち上がる。

無言のアツマさんに、

「まっすぐ、愛ちゃんのところに戻ってもいいんですけれど、」

ついでのワガママで、

「アツマさん――、わたしの前に、立ってもらえますか?」

どっきりとなった彼は、

「ななな、なぜに」

「なにもおかしなこと、しません。ただ立ってもらうだけで、いいんです。

 アツマさんが――どれだけわたしより背が高いか、知りたいだけで」

「そ、そ、それ知ってどーすんの」

「目的も意味も、ありません」

 

愛ちゃんには……ちゃんと言う。

『アツマさんと背くらべした』って。

言わなきゃ、親友じゃない。

どういう反応、するかしら?

怒るかな?

怒ったら……謝る。

謝れば、わかってくれるって、信じてる。

 

「――ちなみに。

 わたしの身長は、158センチです」