庭に、花に水をやりに行った。
――行ってみたら、ウッドデッキに、アカ子さんが、腰を下ろしていたので、おれはビックリ。
「こんにちは、アツマさん」
「アカ子さん、来てたんか、邸(いえ)に」
「はい。少し前に」
「…愛に、会いに?」
「まあ、それもあるんですけれど」
「…ほかにも、なにか用件があるっていうんか」
「あります」
朗らかな笑顔で言うアカ子さん。
おもむろに…立ち上がるアカ子さん。
向き合う、おれと彼女。
「――お花に、水をあげに来たんですよね? アツマさんは」
「そ、そうだよ」
「ちょっと、後回しにしてみませんか」
「え」
「――憶えてませんか?」
「なにを…?」
「ちょうど、1年くらい前だったかしら……こんなふうに、ウッドデッキで、ふたりきりになって。
それで、わたし、アツマさんに、言ったんです」
「どんなことを…?」
彼女は苦笑し、
「憶えてないんですね。
わたしも、言ったこと、正確には記憶してませんけれども。
でも、あのとき、伝えました。
『いちどでいいから、アツマさんの妹になってみたい』、ということを」
「い……いもうと??
あ……アカ子さんが、おれの、いもうとに??」
激しくテンパるおれの顔を、彼女がまっすぐ見つめてくる。
これは……非常事態……。
× × ×
「わたしにも、なんどか言ってたのよ、アカちゃん。1日だけでいいから、アツマくんの妹に、なりきってみたいって」
リビングに引き揚げてきたおれに、愛が言う。
そして、
「お兄さんになってあげてよ、アツマくん」
「それはつまり…兄妹ごっこというか、兄妹プレイというか」
「ま、そんなところよね」
「おまえまで…楽しげな顔になってるな、愛よ」
「楽しくなるのは当たり前でしょ」
それから、愛は、アカ子さんに向かって、
「アカちゃん。煮るなり焼くなり、好きにしちゃっていいからね」
おまえ……。
「なにしても、許すから、わたしが」
おまえ、ホント……!
「――じゃあ、愛ちゃんのお言葉に甘えて。
手始めに――」
「手始めに?」
「アツマさん、」
「お、おう、」
「『お兄さん』って呼ばせてください」
ぐうっ……。
「それで、できれば、アツマさんには、わたしを呼び捨てにしてほしいです。……いいえ、『できれば』じゃなくって、ぜひ。」
「……それには、ものすごい勇気が要るんだけど」
「え~~っ」
む~っ、とむくれている、アカ子さん。
どこまでが、演技で……どこまでが、本気でむくれているんだ??
「不自然でしょう? お兄さんが、妹を『さん』付けなんて」
「それはそうだ…。わかってる。うん、わかっては、いる。だけれど…」
「お兄さんっ。ほんとうにもうっ」
呼んでる。
彼女、呼んでる。
おれのこと、「お兄さん」、って。
……愛が、とっくにリビングから立ち去っていた。
だれも助けてくれない。
× × ×
「あのさ……アカ子、さん。ハルと、大ゲンカしたとか……そういうこと、なかった? 大ゲンカした『はずみ』で、おれの妹になりきってみたくなった、とか……」
「見当違いですよ、お兄さん♫」
明るく言う、妹モードの、アカ子さん。
「なにか、飲みたくないですか、お兄さん? コーヒーだとか、紅茶だとか」
かなーり距離を詰めてきて、上目遣いになって、妹と化したアカ子さんが、訊いてくる…。
「紅茶は、どうですか? 蜜柑に教えてもらったりしているから、紅茶の淹れかたには、自信があったりするんです」
「……紅茶、あまり、飲まなくって」
「だけど、紅茶がキライっていうわけでは、ないんでしょう?」
「……そうだけども」
「だったら、ぜひとも、お兄さんには、わたしの淹れた紅茶、飲んでほしいな~、って」
甘えるようにして、覗き込むように…おれの顔を見続けて、
「ね? いいでしょ? お兄さんっ♫」
繰り返しになるが……、
助けてくれない、だれひとりとして。
× × ×
「~~♫」
ダイニング。
ルンルンに口笛を吹きながら、ふたりぶんのティーカップに、妹なりきりのアカ子さんが、紅茶を注いでいく……。
上品に整った、愛に勝るとも劣らない綺麗な顔立ち。
つややかなロングストレートの黒髪。
おそらく彼女のお手製と思われる、エプロンをつけていて……。
手は震え、視線はブレる。
真向かいに座っている妹アカ子さんが、まともに見られない。
「きょう、口数少なくありません? お兄さん。どうしちゃったのかしら」
「そ、そ、そんなことないよ。
アカ子……さんの、その、エプロンだけど……すてき、だね」
とたんにパアアアアッ、と輝く、妹アカ子さんの顔が……視界に、入ってきてしまう。
「……お手製、なんだよね? きみは、裁縫が、だれにも負けないくらい、得意なんだろう?」
「さすが、お兄さん……!」
「……」
「知ってくれてたんですね。わたしが、裁縫に、とっても自信を持ってることを!」
「そりゃ、きみとの付き合いも、ずいぶん前からだからねえ……」
「お兄さん。とってもとっても嬉しいです。幸せです」
「……そりゃどうも」
「1日じゃなくて、3日間ぐらい、妹で居続けたくなってきちゃう☆」
これから、どうなっちゃうの……おれ。
完全に妹なアカ子さんが、おれを、グイグイと引っ張り続けている……!