右サイドには愛。
左サイドにはアカ子さん。
『美人女子大学生2人に挟まれて、新宿を歩いている』
そんな状況。
どうしてこうなった……!!
「な、なあ愛。こうしてるとやっぱ、注目を浴びちまうんじゃないか?」
「日和ったのアツマくん」
愛はお決まりの笑顔で、
「新宿なんだから大丈夫でしょ。気にも留めない人がほとんどよ」
新宿が常に人混みに溢れていることを根拠にしているらしいが、
「それでも異様だろ。この構図」
「異様ってなによー」
「デートからの発展形……というか、なんというか」
「あー」
愛はやっぱりニコニコと、
「なんていう名前を付ければいいのかしらねえ、こういうシチュエーションに」
「おまえは極端な名前を付けそうでコワい」
「極端ってなに、極端って」
「た、たとえば――」
左サイドのアカ子さんが途端に笑い出した。
おれと愛のやり取りがそんなに面白いというのか。
右サイドの愛が、
「アカちゃんが笑ってる。アツマくんをサンドイッチしてやっぱり正解だったみたいね」
出やがった。
「サンドイッチする」という動詞。
愛は「サンドイッチする」という動詞を完全に気に入っている。
おれがサンドイッチされる場合、愛とおれの妹にサンドイッチされる……というパターンがほとんどだった、わけであるが、今回は……状況がまるで違わないか?
左サイドからサンドしてくるアカ子さんが、
「アツマさん」
と呼び掛けてきて、
「アツマさんは、新宿でどこか行きたい場所がありますか?」
と訊いてくる。
顔が……近い……。
頭の中がグルグル渦巻き始めたがゆえに、
「ご、ごめん。思い浮かばん」
という情けない答えが自然と飛び出す。
なぜか依然としてアカ子さんの顔が近い。
なぜだ。
「愛ちゃんと今朝話し合って、書店とかCDショップとかを回るプランを作ったんですけれど」
と言い、
「アツマさんが、それで退屈でなければ……」
と、照れ気味な顔と声で言ってくる。
なにゆえ照れるかな!?
× × ×
右手に書籍の詰まったバッグ、左手にCD・レコードの詰まったバッグを提げた愛が、
「ねーねーアカちゃん」
と、右手にCD・レコードの詰まったバッグ、左手に書籍の詰まったバッグを提げたアカ子さんに呼び掛ける。
「今から、わたしの大学のキャンパスに行かない?」
なんだそりゃあ。
「アカちゃん、わたしたちのキャンパスに来たことないわよね」
「そういえばそうね」
アカ子さんは、愛の作り出した流れに乗っかるように、
「行ってみたら面白そう! タクシー拾ってみましょうか」
た、タクシーかよっ。
「タクシー代はわたしが全額出すわ」
超乗り気みたいだ、アカ子さん。
× × ×
「なあアカ子さん、バッグを両手に提げてるけど、重いんじゃないか?」
「えっ、アツマさん、もしかして」
「持ってやるよ」
「アツマさん……!!」
「ちょ、ちょっ、泣きそうな勢いで感極まられても」
× × ×
愛のキャンパスにやって来てしまった。
ここで思わぬ出来事。
というのは、自分のキャンパスに行くと言い出した張本人の愛が、『学生会館のサークル部屋に顔を出して来たい』とか突拍子も無い上に無責任なことを言い出しやがったのである……!!
× × ×
アカ子さんと2人でベンチに座り、愛を待つことになった。
「バカじゃねーのあいつ。絶対自分のことしか考えてねーだろ」
「あら、アツマさんは愛ちゃんに厳しいんですね」
「……別に」
「好きな気持ちの裏返しかしら?」
「ななっ」
盛大に裏返った声を出してしまい、となりのアカ子さんを思わず見てしまう。
楽しそうな楽しそうな彼女の顔が、やはり近い。
……命からがら正面に向き直って、
「おれの推理では、あいつはしばらく学生会館から出てこない」
と言う。
「どうしてそう推理するんですか?」
「あいつは極端にイタズラっ子キャラだから。だから……たぶん、おれときみの『ふたりきり』にさせたかったんだ」
「なるほど」
となりのアカ子さんは数回頷いている……ようだ。
「どうして『ふたりきり』にさせたかったんでしょうか? わたし、なんとなーく、愛ちゃんのキモチが読めそうな気もしますけれど」
「おれも……なぜだか知らんが、読めてしまう」
「アツマさんはわたしより愛ちゃんのことを理解してるんですもんね☆」
アカ子さん!?
「だってだって、ふたり暮らしの『パートナー』なんだもの☆」
「……テンション高いね」
「アツマさんが、バッグを持ってくれたので」
「えっ」
「――わたし常日頃思うんです。愛ちゃんにとって永遠のヒーロー。そんな存在が、アツマさんなんだって」
視線を向けてみると、となりのアカ子さんは、秋日和の青空を見上げて、楽しげな笑みを顔に出している。
自分の彼氏に地球の裏側に行かれてしまった……という残酷な事態に直面した彼女。
しかし、そういったショックは、今は、笑い顔によってパーフェクトにかき消されていた。
「アツマさんは、愛ちゃんを幸せにするだけじゃなくって、いろんな人を幸せにしますよね?」
おれは言われた。
言われて、反射的に、
「なんか、某グルメ漫画でだれかが言ったセリフみたいだな」
「?」
「あー、すまんすまん。限られた人しか分からんよな、こう言ったって」
すると、彼女は素早く、
「限られた人だけを幸せにするんじゃないんです、アツマさんは」
というコトバを食い込ませてきた。
「だれもが元気づけられる。だれもが癒やされる。全部、アツマさんの『あったかさ』のおかげで。……わたしだってそうだったし」
感謝。
彼女の感謝に、意識を奪われてしまう。
「わたしの無茶振りに応えて『お兄さん役』になってくれたり。落ち込んでる愛ちゃんを慰めきれなくて泣き出したわたしの手を握ってくれたり。ハルくんが地球の裏側に行って悲しいわたしに肩を貸してくれたり」
となりのアカ子さんは、『おとなりレベル』をさらに上げて、
「ワガママ、なんですけれど――これからも、頼りたい時に、頼らせてもらっても、いいですか?」
おれは、澄んだ空気を軽く吸い、それから、
「――ワガママじゃないよ」
と言ってあげる。
もちろんだ。
もちろんだよ、アカ子さん。
頼りたい時には、頼ってくれや。
いつでも充分に期待に応えられるわけじゃないと思う。
だけど。
きみが、おれのことを、そんなに頼もしいって思ってくれてるんだから。