11月15日。
誕生日の翌日。
わたしもとうとうハタチになったというわけ。
ハタチになったということは、20代に突入したということ。
20代――と、いうことは。
× × ×
「利比古、きょうはあんたの部屋で勉強しなさい」
「え?! リビングで勉強したら……ダメなの??」
わたしは最愛の弟に懇願(こんがん)の両手合わせで、
「オネガイ。きょうだけリビングを空(あ)けておいてあげて?」
「空けておいてあげる、って……」
「もうすぐ邸(いえ)に、アカちゃんとさやかが来るのよ」
「あーっ。……ここを使うんだね。3人で」
「そうなのよ」
「アカ子さんもさやかさんも……お姉ちゃんの1日遅れの誕生日祝いに」
「そうゆーこと」
「じゃあ仕方がないね」
腰を上げる利比古。
素敵。
× × ×
わたしから見て左にアカちゃん、右にさやか。
2人の親友はわたしのバースデーをひとしきり祝福してくれた。
――で、次のステップ。
具体的には、
「愛も――とうとう、初飲酒かぁ」
…さやかの言うように、お酒解禁な日なのである。
もちろん、法に則(のっと)って、一滴もアルコールを摂取してこなかった、わたし。
だけど、ハタチになったから、これからは摂取しても問題なんかなにもないのだ。
ただし、
「ビールが飲めないのよね、わたし。飲めないというより、飲んじゃダメ」
「それは辛いわね、愛ちゃん」
「仕方ないのよアカちゃん。わたしに炭酸は禁忌(きんき)なんだから」
「愛ちゃんはコーラを飲んだだけで『へべれけ』になっちゃうものねえ」
「……失敗もあったわ」
「――でも、ビール以外にもお酒はいろいろとあるでしょう? きっと愛ちゃんの気に入るお酒に出会えるわよ」
わたしはアカちゃんに眼を凝らして、
「もう、慣れてそうよね……アカちゃんは」
「アルコールに?」
「アルコールに。」
彼女は、穏やかな笑顔を持続させている。
もうとっくにアカちゃんの20歳のお誕生日は過ぎているのである。
だから、「呑んでる」経験がけっこうある……ということ。
『ウチは先祖代々お酒に強いのよ』
彼女がそんなことを言ってきたことがある。
お父さんだけでなく、お母さんもそうとう「強い」らしい。
わたしの両親は……どうだっけ。
すでに20歳になっているのはアカちゃんだけじゃない。
さやかもなのだ。
8月7日……だったわよね、さやかのお誕生日。
利比古と1週違い……というのはおいといて。
つまり。
アカちゃんもさやかも、お酒の味をすでに知っている……ということ。
「あのね」
わたしはダイニング・キッチンの方角を向いて、
「炭酸じゃないお酒を、アツマくんが選んでくれて。
杏露酒(しんるちゅう)…っていうお酒なんだけど」
「知ってるわ愛ちゃん」
あ…アカちゃん、反応が速い…。
「『あんずのお酒』って、ラベルに書いてあるわよね」
「く…詳しいわね」
「飲んだことあるもの」
「…」
ニッコリとアカちゃんは、
「愛ちゃんにピッタリかもしれないわね。ソーダ割りしなくても、いろんな飲みかたがあるもの。フルーティーで飲みやすいと思うし。ロックなんかどうかしら」
「ほ、ほんとうに詳しいのね」
「うふふ♫」
『ノリノリだなあ、アカ子さん』
あ!
いつの間にかアツマくんが、わたしたち親友トリオの前に――。
上に杏露酒の瓶とグラスなどが載っているお盆を持ってきたアツマくん。
準備万端なのはいいんだけど、
「アカちゃんを茶化さないでよ、もうっ」
「茶化してないが」
「アカちゃんの目線がどんどん下がってきてるわよ」
「…おっと」
「…おっと」って。
その相づち、NGだと思うんですけど。
「3人ともロックでよかったよな??」
「こらっアツマくんっ。アカちゃんに謝るのが先でしょう!?」
「…いいんですアツマさん。わたしがいけないんです。
愛ちゃんとお酒が飲めるっていう嬉しい気持ちが、エスカレートして…」
戸惑い顔のアツマくん。
戸惑うなっ。
「――わたしとアカ子は」
微笑みながらさやかは、
「待ってたんです。愛がハタチの誕生日を迎えるのを。
『それまでは、愛の前ではお酒は飲まないでおこうね』
って約束して――」
「――そうだったんか」
右のほっぺたの辺りをポリポリとしながらアツマくんは、
「そりゃあアカ子さんも、ウキウキな気分になるよな…」
と。
「今夜のあなたはほんとーに空気が読めないのね」
たしなめた。
たしなめたら、彼の目線が少し逸れた。
バカじゃないの。
「然(しか)るべき部屋で頭を冷やすべきだわ」
「おれに、ここから去れ…と」
「お仕置きよ」
「…。
それは、できない」
「どうしてよっ!?」
「いちおう…見ておかないといけないと思うから」
「なにを!?」
「炭酸ではないとはいえ…おまえのアルコール耐性は、気になるからな」
「素敵ですね……アツマさんは」
な、なにを言い出すのっ、アカちゃんっ!?
「見守ってあげたいっていう……気くばり、なんですよね」
アカちゃん…。
「そういうこと、アカ子さん」
目線を上げ、アツマくんを柔らかな笑顔で見つめるアカちゃん…。
今度はわたしが戸惑い始めていると、
「アツマさんの気持ちを尊重してあげなきゃ、愛」
と、さやかが…。
「アツマさんの立ち会いはやっぱり必要だと思うよ」
「……。
なんか、ごめん」
しゅんとするわたし。
……見かねたアカちゃんが、
「愛ちゃんが落ち込んでどうするのよ。今夜の主役は、あなた以外に居ないんだから!」
と優しい声で励ましてくれる。
そして、手際よくグラスに氷を入れ、出来上がったロックグラスをわたしの手前にとん、と置く。
それから、瓶を両手で持ち、杏露酒をロックグラスに注(そそ)ぎ込んでくれる。
アカちゃん、あなた……ほんとうに、手慣れてるのね……。
乾杯に向けてアカちゃんが着々と準備を進める一方で、さやかとアツマくんが談笑する。
「やっぱりアツマさんも感慨深いですか?」
「そりゃあそうだよ」
「『こんなに愛も大きくなったんだなあ…』的な?」
「うんうん、そういう感慨だ」
「ずっと間近で見てきてるんですもんね~」
「ついにここまで来たか! っていう感じだよ」
「これからは、愛とふたりでお酒を酌(く)み交わせるんですもんねえ」
「愛が飲める酒は限定されるけどな」
「こだわらなくってもいいじゃないですか~~。それぞれが好きなのを飲めば」
「だな」
「――気になります? 愛が果たしてどのくらいアルコールに強いのか」
「最近、そのことについて考えたりもしてた」
「周到ですねぇ~~。さすがは、愛のパートナー……」
「さやかっ!!」
「わぁっ」
「わぁっ、じゃないわよっ、さやかっ!!」
「愛が大声出した」
「出すからっ。グラスの氷が溶けちゃうでしょーが」
「…急(せ)かすねえ」
…言いつつも、杏露酒入りロックグラスに向き直るさやか。
…さて。
いよいよ……カンパイのお時間だ。