【愛の◯◯】妹の「いつも優しくしてくれてありがとう」

 

夜道を妹のあすかと歩いている。

「あすか。ハッキリ言っておく」

「なにー?」

「おれの店に来る時は前もって『来るよ』と言ってから来い」

「事前連絡必須ってコト!?」

妹は大げさな声を出し、

「カタイね〜、兄貴も」

と、カラダを寄せてくる。

「いきなり来店されると対応のしようが無い!」

キッパリ言うが、

「それで今回兄貴はトレーの上のお冷やをこぼしかけちゃったんだね」

と妹が痛いトコロを突くから困る。

「こ、こぼさなかったし。未遂で終わったし」

「でも、危なかった。わたしがドアを開けてお店に入った途端にあんなに動揺するんだもの」

と言い、

青二才だよね、兄貴って」

うるせー。

「社会人2年目だし、2年目のジンクスだな。2年目のジンクスが発動してる」

「『発動』ってなんだよ、『発動』って」

おれはツッコみ、

「なぁ、あすか。おまえにはいい加減なコトバづかいしてほしくないんだ」

「なんでー?」

おれはやや視線を逸らし、

「文章。……おまえの書く文章のコトバは、綺麗だから」

「わたしの文章の才能をホメてくれてるの?」

「ホメてるよ」

「やったあー」

夜道は暗い。だが、あすかが子どものように喜んでいるのは感覚で分かる。兄なので。

「ところで、おまえは今日マンションに泊まるつもりなのかどうか」

「泊まっちゃ悪いの?」

「泊まる気満々だな」

「わたし、おねーさんと寝る」

「したがって、おれは寝室から放逐(ほうちく)されると」

「当たり前でしょ。365日寝室で寝られると思ったら大間違いだよ」

「一応おれと愛のマンションなんだが」

「その認識が甘いんだよ」

「は?」

鼻歌を歌い、何故おれの認識が甘いのかを答えようとしない。

おれの妹は恒常的に兄に配慮してくれない。

 

× × ×

 

おれはソファの背もたれに背中を引っ付け、ボーッと向かい側のソファの愛&あすかコンビを見ている。

「おねーさん。愚兄はですね、わたしが『泊まる』って言った途端にくたびれ始めたんですよ」

「エー、なにそれー」

少し前のめりに、

「アツマくーん。あすかちゃんが『泊まる』って言ったのなら歓迎しなきゃダメでしょー。あなたはお兄さんでしょ?」

とたしなめるおれのパートナー。

「だって、突拍子も無く仕事場に来店しやがるし、突拍子も無く『泊まる』って言ってきやがるし」

「声がずいぶんと疲労を反映してるわね」

「どーゆー意味ですかねー、愛さぁん」

「もうちょっと頑張ってよ、アツマくん。あすかちゃんに尽くすべきよ」

あすかをチラリと見る。元気にニコニコ。

「なんてたって、あすかちゃんの誕生日、迫ってるんだもの」

愛の言う通りだった。

妹の誕生日たる6月9日は迫っている。ロックの日。他にも何かありそうだが記念日がどうとかは良いとして、

「今度の誕生日でおまえは何歳になるんだっけ」

と妹を見る。

「わたしの年齢(トシ)を忘れちゃったの!? 兄貴」

のけぞりながら叫ぶように言う妹。おいコラッ。

「今ハタチで、誕生日が来たら21歳」

とあすかは教えてくれる。

「そうだった。すまん、疲労困憊ゆえに咄嗟に年齢(トシ)が出てこんかった」

愛がピリピリと、

「あなたって笑えないぐらいヒドいのね。カフェインたっぷりのホットコーヒーが3杯ぐらい飲みたくなってきたわ」

なんじゃいな、その比喩は。

「お湯を沸かしてくるわ」

スックと立ち上がり、おれに背を向け、キッチンに歩いていってしまう。

ふたり暮らしのパートナーへのアフターケアをしなければならなくなった。

愛がツンツンしながらキッチンに行ってしまい、妹と1対1で向かい合う形になる。

「兄貴ぃ」

「……なんだ」

「おねーさんの機嫌直すのは兄貴の役目だよ?」

「わーってる、そんぐらい」

「わたしとおねーさんが寝室に入る前に、おねーさんを抱き締めてあげて」

ニコニコニッコリと、

「ハグしてあげるのが彼氏の務めでしょ。それがお兄ちゃん流のアフターケアでしょ」

今日初めてあすかに「お兄ちゃん」と呼ばれた気がする。

愛がソファに戻って来るまでに言わねばならぬコトがある、と思い、

「あすか」

と呼び掛け、

「ゴメンな。『おまえが何歳か忘れちまった』みたいなコト言って」

と謝る。

「いいよいいよ」

妹の視線はまっすぐにおれの顔に伸び、

「お兄ちゃんが誠実だから、わたし、言ってあげる」

と、頬(ほほ)を少しだけ少しだけ紅くしながら、

「いつも優しくしてくれてありがとう、おにーちゃん」

 

面と向かって言われてから数分間、どうレスポンスして良いのか分からなかった。

コーヒーカップを携えた愛が戻って来た時、気恥ずかしさを見透かされるのが怖かった。

 

× × ×

 

愛がホットでブラックなコーヒーを飲み干した瞬間に、あすかは一気に愛に身を寄せていき、

「わたし着替えてきます。寝室お借りします」

「ちょ、ちょい待った」

「なにテンパってんの、お兄ちゃん」

「着替える必要性が、どこに……」

それに、

「いつの間に寝室におまえの服が運び込まれていたのか」

「アツマくんが気付くワケ無いわよね」

愛がニヤリ。

「あすかちゃんには、ここで自由に過ごしてほしいのよ。オシャレな服に着替えてみたり……とかね」

オシャレな服。

妹の、オシャレな服装、が……上手く、思い描けない。

するり、と妹が立ち上がった。

「ねぇ。おにーちゃんっ」

含みのある笑い方でおれを見下ろし、

「わたしがこれから着るワンピースだけどね」

と言い、

「7万円以上したんだよ」

と言い放ち、ペタペタと床を踏みながら、寝室へと近付いていく……。