昨夜のショートパンツとは打って変わってジーンズを履いている。
もっとも、わたしの脚は長くないから、あまり見栄えはしない。こんな時155センチという身長を呪う。
見栄えがするのは……そう、今わたしの真向かいのソファに座っている梢(こずえ)さんみたいな体型の女性(ヒト)。
「梢さんって、身長、わたしよりも10センチ以上高かったですよね?」
「そだね。166.5センチ」
「ステキだ」
「そう? ありがとう」
こういうやり取りをした後で、梢さんと一緒のソファに着座している利比古くんに注目する。
梢さんと一緒のソファといっても、利比古くんは彼女とはかなり間隔をとっている。
大胆とは真反対の性格。
顔面は当然、いつも通りの2枚目フェイス。
梢さんとさほど変わらない身長(168センチだっけ?)が気にならないぐらいイケていて、キラキラしている。
見続けてしまったら「負け」だと思い、小さく『はぁ』と溜め息をつきながらテーブルに目線を下げる。
利比古くんは、
「梢さん、大学、ご苦労さまです」
「きみこそだよー、利比古くん。まだ月曜日だけど、お疲れさま」
「授業に1コマ出席してサークルに顔出しただけですから、あんまし疲れてないですけどね」
「サークルといえば」
いかにも彼のサークル活動に興味津々といった表情になって、
「きみは『CM研』所属なワケで。CM研究したり実作したりしてるみたいだけど」
彼と距離を少し詰めて、
「『サンテレビ』」
「サンテレビがどうかしたんですか? 梢さん」
「もぅ〜っ。きみならご存知でしょ〜っ?? サンテレビ。兵庫県を放送対象地域とした独立テレビ局」
「もちろんサンテレビのコトは認知してますし、Wikipediaの『サンテレビジョン』の項目も何十回も読み返してますし、サンテレビのYouTube公式チャンネルもフォローしてますけど」
気色悪さを孕(はら)んだ発言をする利比古くんに向かって梢さんは、
「サンテレビでヘビーローテーションで流れてるCM、視(み)たいでしょ」
「え、梢さん、映像持ってるんですか!?」
利比古くんの声が弾む。
「ゲットしたのよ」
と梢さん。
「視たいです」
利比古くんが力強く言う。
「晩ごはん食べた後で、一緒に視ようね?」
梢さんがそう言ってスマイル。
「焦(じ)らすんですね」
利比古くんが微笑(わら)いながら言う。
「楽しみは温存しておくタイプなの」
梢さんがそう言って再度スマイル。
× × ×
面倒くさいけど説明しておく。
梢さんは大学で『西日本研究会』というおどろおどろしい名前のサークルに入っている。
サンテレビが云々、みたいに、西日本の放送局の話題を持ち帰ってきたりする。
そして彼女が持ち帰る西日本の放送局の話題が、放送オタクの利比古くんを喜ばせる。
そういうパターンが、梢さんが邸(ここ)に住むようになってから、結構繰り返されている。
『晩ごはんタイムまでまだ時間もあるし……』
と、梢さんは西日本トークを続行させた。
京阪神のスーパーマーケットの話題。
当然ながらわたしは固有名詞の雨あられについていけない。
一方、利比古くんは梢さんの情報提供に逐一頷きながら、興味MAXな姿勢を持続させている。
京阪神の私鉄の路線の話題。
当然ながらわたしは固有名詞の雨あられについていけない。
一方、利比古くんは鉄オタが憑依したかの如く、梢さんの語りに真剣に耳を傾けて……以下略。
「山陽電鉄とか私まだ乗ったコト無いんだよねー」
と言った梢さんが、ふと、わたしの顔に視線をピタリと合わせて、
「あっ」
と言い、わたしが置いてけぼり状態であるのを察してくれたらしく、
「ゴメンゴメンあすかちゃん。私、私だけの世界に入っちゃってた」
「いえいえ」
わたしはオトナな態度で、
「利比古くんが食い付いてるのなら、それで良いんですよ」
「でも、退屈してるんじゃないの?」
「平気です、平気」
そう答えて、それから、
「ガマンするのも、オトナの義務ですから」
梢さんは苦笑し、
「ただの雑談なんだから、ガマンする必要も無いよお」
わたしは小さく首を振り、
「もういくつ寝ると21歳ですから。オトナらしさを磨きたいんです、わたし」
ここで、利比古くんが、
「オトナらしさを磨きたかったのなら、もう少し梢さんの西日本トークにノッてあげたって良かったんじゃないんですか?」
と言ってくる。
「イヤらしいよ利比古くん」
わたしはキッパリと返答。
「イヤらしい!? どこがイヤらしいんですか」
また、そんなにすぐに慌てちゃって……。
「胸に手を当てて自分だけで考えてみなよ」
とわたし。
利比古くんは自分自身の胸に手を当ててくれない。
「バカだね」
厳しく言うわたし。
「ヒトの言うコトが聴けないんだ」
「言うコトを聴くのは……時と場合によります」
彼の反発。
「反抗期!」
そうピシャッと言って、彼の反発を抑え込む。
そしたら、
「お互い、大学生にもなって……反抗期もなんにも無いでしょうが」
と、彼は、不満げに、呟くように。
そして、
「あすかさんは、そういう発言を控えられたのなら、女子高生的な気分から完全に抜け出せるのに」
とも。
「とっしひっこくーん☆」
「ぼくの話ちゃんと聴いてますか!? あすかさん」
「もっと勉強するべきだよね〜」
「!? 勉強!?」
「日本語の勉強。『女子高生的な気分から完全に抜け出せる~』とか、言い回しが不自然だよ。帰国子女気分が抜け切ってないんじゃん」
「……」
悔しそうな彼。
それなりに、カワイイ。