【愛の◯◯】21歳目前のわたしを……

 

流(ながる)さんの彼女さんのカレンさんは名前の通り可憐な美女だ。

わたしたちの邸(いえ)にやって来た彼女。リビング。ソファ。わたしの真向かいで流さんに寄り添って座っている。

わたしから見て流さんの右隣に座っているカレンさんはニコニコと、

「流くん。楽しみでしょ」

「え。何が」

キョトンとする流さんに、

「にぶーい。鈍過ぎ。新人賞のコトだよっ」

ついに流さんが小説の新人賞に投稿したのだった。

結果はまだ分からない。

「受賞したらデビューできるんでしょ!? 楽しみだねぇ」

「いや、そう簡単には。何回か選考もあるし」

控え目な流さん。

『受賞を目指して投稿したんだから、もっと前向きでも良いんじゃないですか?』

わたしがココロの中でそういう風に思っていると、

「そんなに弱気でどーすんのよ〜〜〜!!!」

と、満面の笑顔でカレンさんが流さんの背中をバンバンと叩いた。

押されまくりの流さん。

「か、カレンさんっ。強く叩かないで、痛いからっ」

「わたしは信じてるんだからね?」

「信じるって、何を」

「流くんの、夢を」

「夢を、信じる……」

「わたし、あなたの本が早く読みたい。だから何としても、小説家デビューして本を出版してほしいの」

流さんは何とも言えずに頭部をポリポリと掻く。

「あなたはまだ若いんだからさー。夢はでっかく持とうよ」とカレンさん。

「ヘンテコな言い回しをしないでくれよ。ぼくよりきみの方が年下じゃないか」と流さん。

「流くんって」

やや不満げにカレンさんは、

「わたしの方が年下なのに、わたしのコトをカレン『さん』って呼ぶよね」

「ダメなの?」

「今ここでわたしをカレン『ちゃん』って呼んでみて。強制力MAX」

流さんがうろたえ、口を閉じる。カラダがガチガチになっている感じ。

よくないなー。

 

× × ×

 

彼が彼女を『ちゃん』付けで呼べたかどうかは別として、

「カレンさん。なんか呑みますか?」

と訊き、わたしは腰を浮かせようとする。

「ごめんけど、遠慮しとく。呑み過ぎたら明日に響いちゃうし」

「月曜からはまたお仕事ですもんね。……それなら、ソフトドリンクは? 邸(ここ)の冷蔵庫超巨大だから何でもありますよ」

「飲み物よりも」

「え?」

「あすかちゃん。30秒間だけ、ジッと座っててくれない?」

「え。カレンさん、いったいどーいう意図で……」

「オネガイ。30秒だけで良いの」

……まぁ、カレンさんのオネガイならば断れない。

オネガイ通り、わたしはソファに30秒間ジッと座る。

 

「……うん。」

カレンさん、何が「……うん。」なんだろう。

彼女は、

「納得した。」

とも付け加える。

頭の中にクエスチョンマークのわたしに向かって、

「確かあすかちゃんの誕生日って、2週間後ぐらいじゃ無かった?」

「良く憶えてますね。6月9日です」

「スゴい日付だな」

「ん……」

「21歳になるんだっけ?」

「はい。残念ながら」

「残念がるのはわたしが許さないゾ」

「!?」

「だーって」

前のめり姿勢のカレンさんは、

「歳を重ねるってのは良いコトじゃないのー」

「で、でもっ。わたし、『21歳にもなるのに、いろんな面でコドモっぽいままなんじゃないんだろうか?』って、考えちゃったりもして」

「全然そんなコトないよ。あすかちゃん、『コドモっぽい』は卒業してると思うよ」

彼女は即答した。

思わずわたしの背筋が伸びる。

 

× × ×

 

カレンさんが帰っていっちゃった。

夜だ。

『今度カレンさんと会えるのはいつだろう』と思うと淋しくなる。

 

わたしは利比古くんの部屋のドアをゴンゴンと叩いた。

利比古くんの部屋に入ろうとするのは、淋しさの埋め合わせという意味ではもちろん無い。

 

彼はすんなりとわたしを部屋に入れてくれた。

わたしはカーペットに両膝をぺったんと付けて、

「大学生って良いよね。日曜でも夜更かしができる」

「ぼくの部屋にやって来て最初に言うコトがそれですか……あすかさん」

ベッドに座っている彼は、

「夜更かしにも限度があると思いますよ?」

「確かにねぇ。日曜深夜はテレビもラジオも放送休止だし、なんか侘しい気分になっちゃうもんね」

「でしょう? だからぼくはいつもとあまり変わらず、日付が変わる前には就寝……」

「日付が変わるまであと3時間」

「それがどうかしたんですか」

「準備万端なの? 利比古くん」

「はい?? 準備万端とは……」

「明日以降の大学のコトとか」

「授業のテキストだとか、大学に持っていくモノは全部バッグに入れてますが」

「ちぇっ」

「な、何が不満だって言うんですかっ」

「教えない。利比古くんが真面目過ぎるから、教えない!」

『キモチ』を胸の奥底に収納する。

バァーッとカーペットから立ち上がる。

「本棚、見せてよね」

そう言うやいなや、トントンと彼の本棚に歩を進めていく。

ジロッと本棚を眺める。

ダメだなー、これは。

わたしの本棚より遥かに貧弱だよ。

そりゃー、わたしの本棚だって、没個性的に過ぎないと思うよ? でも、これって没個性未満じゃん。

「利比古くん」

「なんですか」

「明日から利比古くん限定で読書週間にしよっか? 習慣(しゅうかん)を付ける週間(しゅうかん)だよ」

「……」

彼が案の定口ごもった。

少しイラッと来る。なので、彼にキツめの目線を当てながら腕を組む。

すると、抵抗するかのように、彼の方もトゲトゲしい眼つきでわたしを見てきた。

ハンサムフェイスとトゲトゲしい眼つきが奇妙に調和している。

だから……? 無意識の内に、わたしの鼓動のテンポが速くなっていってしまう。

彼に見入ってしまいそうだ。

見入ってしまって、彼に負けてしまうのは、イヤだ。

だから、自分自身の眼を微妙に逸らすことで、対処する。

しかし。

「ぼく、1つ気になるコトがあるんですが」

何が気になるの。

「……」と今度はわたしの方が口ごもって、彼のコトバを待つ。

そしたら。

「今のあすかさんの服装、とってもラフですよね」

 

な、な、なにそれっ。

 

「い、い、いけないの、Tシャツ1枚にショートパンツだったら!?!? 確かにTシャツはかなり薄手だし、ショートパンツの丈も短いかもしんないけど!?!?」

「おちついてください」

「おちつくほうが、おかしいよっ!!」

「あのですねー。ぼくはあすかさんのラフな服装を咎めてるワケじゃ無いんですよ?」

言うコトバを見失い、短いショートパンツの裾をキュッとつまむ。

視線が真下に下がっていく。

「お誕生日が6月9日じゃないですか」

「……だから?」

弱い声で言うと、

「あーっ、あすかさんも21歳になっちゃうんだよなー、って」

「そのコトとわたしの格好のどこが因果関係あるってゆーの」

「教えたくない」

「!?」

「……って言っちゃったら、どうしますか?」