「どうしたんだい利比古くん? かなりくたびれてるように見えるんだけど」
「流(ながる)さん」
「ぼくで良かったら、話を聴くけど」
「ありがとうございます」
ぼくは話した。
素直に話した。
「――ふうむ。要するに、昨日邸(ここ)にやって来た愛ちゃんに振り回され通しで、振り回された疲労が残り続けてる、と」
「姉が元気なのは何よりですよ。でも、ツーショット写真を5枚撮られるとか……完全に、姉の元気にぼくの元気が吸い取られてて」
「ツーショット、か」
「流さん。流さんは、彼女さんのカレンさんと、プリクラを撮ったりしたことがありますか?」
「昔、何度かあったな」
昔……かぁ。
『昔』が気になって、
「『昔』って、何年くらい前ですか?」
「んー」
訊かれた流さんは、訊いたぼくに、
「カレンさんは……あのときもしかすると、高校生だったかもしれない」
!?!?
流さんとカレンさんって……いったい、いつから!?!?
× × ×
「……ぼくは、気を取り直そうと思います」
「うん。それがいい」
「気の取り直しついで、なんですが」
「?」
「姉と関わってくたびれたのとは、全く別の話なんですけど」
「利比古くん、もしかしたら……」
「把握しましたか? 流さん」
「把握した」
周囲に『彼女』が居ないのを確かめてから、流さんは、
「あすかちゃんのことが、気になるんだよね」
と。
「はい。ハッキリ言って、今年の夏のあすかさんはヘンです」
「彼女は毎年夏になると、異変を起こしたりする印象もあるが。……今夏(こんか)のあすかちゃんは、ちょっとどころではなく気がかりだよ……ぼくとしても」
ぼくも、周囲の様子を確かめてから、
「ダイニングで食事するときとか、彼女の挙動をよくチェックするんです。もっとも、チェックが過剰になると、彼女に疑われるので……ほどほどに、ですけど」
「確かにねえ。さり気なく眼を配るのがベターだとは、ぼくも思う」
「難しい問題ですけどね」
「わかるよ。難しい」
× × ×
どうしたものか……と、椅子に座って向かい合い、あすかさんへの対処法を考えたり話し合ったりしていた。
夜の9時を過ぎた頃だった。
ぼくと流さんが悩んでいる広間に、悩みの対象であるあすかさんが、足を踏み入れてきたのだった。
Tシャツにショートパンツの出で立ち。夕食のときとは違う。着替えたらしい。
彼女は開口一番、
「利比古くん、わたしの格好、だらしないって思った?」
ぼくはやや焦りつつ、
「と、特に、そんなことは思っておりません」
「ふうーーん」
と言って彼女は、
「それなら問題は皆無なんだけど」
と、お次は流さんのほうに顔を向けて、
「お顔がちょっとシリアスじゃありませんかー?? ながるさーん」
と告げる。
どう言っていいのか分からないのだろう。流さんは戸惑った表情で、あすかさんから少し目線を逸らす。
「あのぉ」
あすかさんは流さんの椅子のほうに近づき、
「流さん、『カラマーゾフの兄弟』って小説はご存知ですよね」
と訊く。
さらに戸惑った流さんは、
「し、知ってるよ。読んでないけど。だけど、どうしていきなり、ドストエフスキー?!」
「わたしも未読で、主要登場人物の情報ぐらいしか知らないんですけど。
ドミートリイ、イワン、アリョーシャ、スメルジャコフ、兄弟のお父さんのフョードル……このぐらいしか」
「……それで?? あすかちゃんは、ぼくに、なにをいったい伝えたいのかな」
「登場人物を、ググったりウィキペディアったりしてる中で」
「……うん」
「『あーっ、わたしの兄はドミートリイ的で、利比古くんはアリョーシャ的なのかもな~~』って思ったりもして」
「……じゃ、じゃあ、ぼくは!? ぼくは、『カラマーゾフの兄弟』の登場人物の中で、だれに当てはまるって、あすかちゃんは……!!」
問う、流さん。
しかし。
あすかさんは、曖昧に笑うばかりだった……!!!