3年の白井会長・荘口さんとともに、「CM研」のサークル室に居る。
荘口さんがノートに向かって鉛筆を走らせていることに気付いたぼく。
気になって、彼女に近づいて、
「なにを書いてるんですか?」
「おー、羽田新入生かあ。私の背後(うしろ)を取るとは、いい度胸してるじゃないかあ」
「……あのですね、荘口さんがノートに書いてるものについて、ぼくはお聞きしたかったんですけどね」
「これか??」
「それです」
よく見れば、スケッチのようなものだった。
波止場のような場所に女性が佇んでいる……そういったラフなスケッチ。
「驚きました。荘口さん、絵心あったんですね」
「驚く必要もなかろう」
「いえ……。荘口さんのスケッチを見るのは初めてなので」
「嘘つけ」
「ほ、ほんとです」
「――羽田新入生よ。聞いて驚け」
「は、はい!?」
「このスケッチに描(えが)かれた女性には――モデルがいるんだ」
× × ×
「荘口さんのスケッチ……的確だったな。写真だけの情報で、お姉ちゃんの特徴を良く捉えてて」
「え、ヒトリゴト?? 利比古」
姉がコーヒーカップを置いた。
少し驚いている。
「ごめん、完全にヒトリゴトだったよね」
「どうしてヒトリゴトを」
「今日の午前中にあったことを思い出しちゃって」
「今日の午前中にあったこと? どこで、あったことなの?」
「大学のサークル室で」
「事件でもあったってわけ」
「事件とはちょっと違うかな」
「事件じゃなかったのなら、いったいなに。お姉さんに教えて」
食いつき加減の姉。
仕方がないので、荘口さんが姉の写る写真を参考資料にしてラフスケッチを描いていた、ということを伝える。
「荘口さんって、わたしと同い年の娘(こ)なのよね」
「そうだよ」
「目的があって、そんなスケッチを描いてるのかしら」
「どうだろう」
「もしかして」
右手で長い髪をサラサラと撫でたあとで、頬杖をつき始めて、
「わたしを、コマーシャルに出したいとか?」
「んー……どうなんだろうか」
「乗り気なんじゃないの?? 彼女。イマジネーションが湧いてきてるんじゃないのかしら」
「イマジネーション?」
「イマジネーションよ。
わたしの写真を見た瞬間に、『うわぁ、キレイ……!』みたいな気持ちになって、わたしがあまりにも美人すぎるから、イマジネーションがどんどん湧いてきて、鉛筆を動かすのを抑えきれなくなったのよ」
……。
「――お姉ちゃん? 自分がなにを言ってるか、分かってる?」
「エッ、利比古、わたし、なにか変なこと言った??」
ここ1週間で最も大きな溜め息をついてしまう……ぼく。
ついてしまったから、姉は動揺して、
「こ、答えて利比古っ。わたしの発言のどこが不適切だったのかしら」
「お姉ちゃん。」
「……」
「普通は、自分で自分のことを、『あまりにも美人すぎる』とか、言わないと思うんですけどね」
姉の眼が図星に満ちた眼になる。
まったく……。
× × ×
図星状態になってしまった姉は、コーヒーを飲み干すのに時間がかかってしまった。
しかしながら、徐々に自分らしさを取り戻していっているようで、コーヒーカップとお皿を持ってスッ、とカーペットから立ち上がり、
「利比古。せっかくわたし、お邸(やしき)に戻ってきてるんだから――」
「『だから』?」
「やりたいようにやらせてもらうわ」
「……」
「そのハンサムフェイスにそういう苦笑いは似合わないわよ」
あのねー。
おねーちゃーん。
「バカにしてるわけ!? 『やりたいようにやらせてもらう』って言ってるでしょ」
「どんな行動に出るつもりなの」
カーペット座りのぼくを見下ろす姉は、
「とりあえず、お昼寝中の明日美子さんを捜し出す。それからそれから……」
× × ×
……姉とのツーショット写真を5枚撮影されるぼくであった。