【愛の◯◯】虜(とりこ)にする姉

 

「CM研」のお部屋。

荘口節子(そうぐち せつこ)さんと吉田奈菜(よしだ なな)さんがパスタソースの好みについて議論している。

ハッキリ言って生産性が無い。

イタリア料理店のCMを作るわけでもないのに。

「あのー、パスタソースの話題は程々にして、CMの話をしませんか?」

ぼくは割って入る。

しかし、

「もうちょっと待つんだ、羽田新入生」

と荘口さんに言われてしまう。

ほんの少しだけイラッとなってしまい、

「荘口さん。もう6月も終わるんです。羽田『新入生』と呼ぶのは止(や)めにしませんか」

と請(こ)う。

しかしながら、

「羽田新入生。この世の中に、たらこスパばかり食べても飽きない人間がどのぐらい居ると思うか?」

と、全くぼくの話を聴いてくれない……。

 

× × ×

 

今度は吉田さんが、

「羽田くん、創味食品って知ってるかしら」

「関西にある食品会社でしたっけ?」

「そ。『創味シャンタン』とかね。今、明石家さんまがCMに出てるの」

「初耳です」

「うそぉ」

「……」

「うそでしょ!?」

「……」

「羽田くんらしくない」

ぼくだって知らないものは知らない。

テレビ番組やテレビCMの全てを知ってるわけじゃないんですよ……という気持ちでもって、手元のCM雑誌をパラパラめくる。

すると、吉田さんがぼく方向に身を乗り出してきて、

「と・こ・ろ・で」

「なんですか」

「約束したこと忘れてないわよね。あなたのお姉さんの写真を見せてくれるっていう約束」

ぐ。

「約束破ったらイヤよ、あたしは」

ぐぅ……!

「今見せてくれなきゃ、あなたにアンドレ・ジッドの『贋金つくり』を読ませて感想文を書かせるわよ?」

それは……重いペナルティだ。

観念して、

「分かりましたよ。見せますよ」

と言って、スマホを操作する。

なぜか荘口さんまでも、スマホを操作するぼくの所に接近してくる。

「はい。これが姉です……」

そう言って、吉田さん目がけてスマホを差し出した途端、

ひゃあああっ、超美人

という大声……。

吉田さん。

感動するのは良いんですけど、サークル棟全体に響き渡るような大声はやめませんか!?

「これ、いつの写真なの」

トレードマークの髪のリボンを揺らしながら、吉田さんはさらに身を乗り出してきた。

「今年の春先ですが」

「すごいじゃないの、あなたのお姉さん!! 『なんでもパーフェクトにこなしますよオーラ』が写真に充満してるわ!!」

異様なまでのハイテンション。

圧(お)されっぱなしのぼくであったが、これだけは言っておきたくて、

「なんでもパーフェクトなわけじゃないですよ」

と呟く。

ぼくの左横に荘口さんが来て、

「羽田新入生よ。いい姉さんを持ったな」

と言ってくる。

「私の感想を言ってもいいか?」

「ご自由に……」

「キレイというよりは、むしろカワイイ。可愛さ120%って感じだ。たとえば――」

 

× × ×

 

「荘口さんまで姉の虜(とりこ)みたいになって……。結構面倒くさいんですよ? きょうだいとして関わってると」

「そんな堅苦しいこと言うな言うな。アレだな。個人的には、この子は自分の妹にしたいタイプだな」

「荘口さんの妹……に??」

「いけないのか」

「同じ年の産まれなんですよ、ぼくの姉と荘口さんは」

「関係なかろうて」

「ありますよ」

「ないない☆」

「困りますよ……」

 

前方を見やる。

前方の吉田さんの眼が星のごとくにキラキラと輝いている。

吉田さんの「ときめき」も感じ取ってしまって肌寒くなる……。