【愛の◯◯】文学好きの先輩女子が、文学好きの姉の◯◯とか◯◯とかを……!!

 

ケーブルテレビから依頼された地元書店のCMの制作が続く。

大学ノートを1冊使い切って、どんな映像にするのかのビジョンは大方定まった。

となると、いよいよ撮影に取り掛かる段階である。

高校時代のクラブ活動の経験から、カメラの扱いかたはある程度心得ている。

問題は、撮影がゴールデンウィークと重なって、祝日が潰れてしまいそうなことだけど、まあ仕方ないよね。

 

サークル部屋。

ぼくはテーブル上の大学ノートを閉じて、すーっ、と深呼吸する。

向かい側でCM雑誌を読んでいた2年生女子の吉田奈菜(よしだ なな)さんが、椅子から立ち上がって、ぼくの右サイドまで歩み寄ってくる。

「手応えがあるみたいね」

と吉田さん。

「おかげさまで」

とぼく。

「吉田さんが無茶振ってくれたのが、逆にありがたかったかもしれません」

「つまり、ハッパかけられたから、その気になることができたと?」

「そうですね」

「良かった。羽田くんに無茶振って、大正解だった」

吉田さんは満面の笑み。

八重歯がこぼれる。

「あなたはやっぱり、5年に1度の大型ルーキーよ。羽田くん」

5年に1度、か。

細かいことは、いいよな。

せっかく「大型ルーキー」と言ってもらえたんだし、

「ありがとうございます。そう言ってくれて」

と吉田さんに感謝する。

 

ペットボトル飲料を飲みつつ、雑談する。

「羽田くんの学部って得体が知れないわよね」

「得体が知れない?」

「ただの社会学部とは違うわけじゃない」

「まあ、学部的には、単なる社会学部の4文字じゃないですしね」

「学部名が長くって、正式名称が言えないのよ」

「わかります」

「で、あなたの専修は、表象メディアがうんたらかんたら……」

「そこは『表象メディア』って言っておけばいいかと」

「略すと『表メ』か」

ぼくは苦笑し、

「それは略し過ぎかと」

吉田さんも笑い返して、

「たしかに。……にしても、あたしの『文学部』とは大違いね。あなたの学部と比べて、断然保守的」

「そうですか?」

「文学部の下に、文学科・史学科・哲学科を置く、伝統的な学科の構成」

「だけど、他大学の文学部でも、そういう三学科構成のところはあるでしょう」

「それはその大学の文学部が、ウチらと同じく伝統的だっていうことでしょ」

「そうなんですかね。他大学の事情はまったく分からないですけど」

「あたしは、文学科のフランス文学なんだけど」

「はい」

「スペイン文学の専攻があったなら、そっちに行ってたんだけどな」

「スペイン文学のほうに?」

「うん。ラテンアメリカ文学、高校時代から読んでたし」

ほほぉ。

それはそれは……だな。

ラテンアメリカ文学を高校時代から……ということは。

「吉田さん」

「なあに?」

「ぼくの姉は、吉田さんの1個上なんですが」

「ですが?」

「なんだか、吉田さんと姉とで――気が合う気がします」

 

「――マジで。」

 

彼女は心なしか、身をこっちに乗り出し気味に。

小柄な彼女の前傾姿勢に向かって、

「姉は早熟な文学少女でして。小学校の5、6年から、幅広い時代の幅広い国の文学作品を読み漁ってて。もちろん、ラテンアメリカ文学も」

「それはスゴいね。濫読(らんどく)に耽読(たんどく)だったわけね」

「ですから、ガルシア=マルケスボルヘスといったラテンアメリカ作家はもちろんのこと、ほんとのほんとにスペイン文学なセルバンテスの『ドン・キホーテ』も3回は通読したと言ってて――」

「どっひゃ~~」

楽しげなオーバーリアクションの彼女。

「どっひゃ~~」と言ってから、あからさまにウキウキ気分を醸し出しながら、

「羽田くんのお姉さん、どこ住み??

と尋ねてくるから、さあ大変。

 

「どこ住み」、いただいちゃいましたか。

うむ……。どう答えるべきか。

姉の現在(いま)の住まいを言うべきか言わざるべきか、それが問題だ。

 

――よし。

とりあえず、

「山手線の輪っかの、上のほうです」

と、初手は漠然とさせておく。

型通り、

「そんなんじゃ、わかりっこないわよぉ」

と返ってきたので、

「ヒントで、付近の山手線の駅をいくつか言いますから、そこから推理してください」

「じらすわね」

「じらします。

 いいですか。

 高田馬場

 目白。

 池袋。

 大塚。

 とりあえず――この4駅」

 

× × ×

 

吉田さんは推理の果てに、当のマンションの所在する区が何区かを的中させた。

見事的中の彼女は、

「ふむふむ」

と言ったあと、ぼくの顔面をジッと眺める。

『何区に住んでるか、だけじゃ、満足できないわね』

視線からそんなメッセージを感じ取り、ちょっと不安でちょっと不穏な気分になる。

彼女の口からのぞく八重歯。

八重歯がピカッ、と光った気がした。

「たぶん。たぶん、さ、たぶん……」

「たぶん」を連呼する彼女。

ぼくの背筋の体温が着実に低下していき……そして、

「たぶん、よ。たぶん。あなたのお姉さんって、ひとり住(ず)みじゃなくって、だれかパートナーと……!」