式典は滞りなく終わった。
卒業証書を持った写真を姉が撮ってくれた。
「どうだった、利比古? この3年間は」
「とっても楽しかったよ」
姉はニッコリニコニコと、
「『楽しかった~~!!』って顔、してるわね」
「そう?」
「そーよ。あなたの二枚目顔がキラキラと輝いてるわ」
またまた。
これだから、お姉ちゃんって……。
でも、卒業式なんだから、いいか。
「だれかにツーショット写真を頼めないかしら」
カメラを持ちながら周囲を見回す姉。
そんな姉に女子生徒が近づいてきて、
『羽田くんのお姉さんですよね!?』
と訊いてくる。
「ええ、そうよ」
答える姉。
『やっぱり!!』と叫んだ女子生徒が、相方らしき女子生徒と大騒ぎし始める。
大騒ぎの余波で、次第に姉の周りに人が集まってくる……。
姉は少し狼狽(うろた)えて、
「だ、だれか、写真……写真、撮ってくれないかな。利比古とツーショットで写りたくて……」
と言うも、
『その前に、お姉さんを撮影してもいいですか??』
と許可を求められてしまう。
どこに行っても人気者だ……。
向こうから野々村ゆかりさんがやって来た。
ぼくは、
「野々村さん野々村さん、ちょうど良かった、この場に収拾をつけるのを、手伝ってくれないかな?」
拒まれる可能性もあると思った。
しかし、野々村さんは微笑をたたえ、
「いいよ。手伝ってあげる」
素直!?
……まさかの上機嫌ですか。
「1発OKなんて。よっぽど嬉しいことでもあったのかな」
訊いてみると、
「あったよ、嬉しいこと」
「ど、どんな」
すると彼女はハニカミ顔で、
「――羽田くんなんかに、教えるわけないじゃん」
× × ×
ようやく人の流れが元に戻った。
さて。
行かねばならない場所が、ぼくにはあって。
あったから、姉の承諾を得てから、その場所へと歩いていった。
歩いていくと――。
× × ×
旧校舎の入り口に立っていた、猪熊さん。
「どうしたの」
なぜそこに立っているのか。
疑問なので、尋ねると、
「羽田くんなら……式が終わったあとで、ここに来ると思って」
と、若干視線を逸らしながら、答えた。
「すごい直感だね」
言うと、彼女は視線をぼくに寄せて、
「なんとなくわかるの、行動パターン。あなたといっぱいコミュニケーションをとってきたから」
とコトバを返す。
「ぼく、【第2放送室】の写真を撮っておきたいんだ」
「あなたのホームグラウンドだものね」
彼女は微笑する。
「ねえ」
また視線が逸れて、
「【第2放送室】……。わたしも、行っていい?」
「……いいけど」
条件反射で、「いいけど」と言ってしまった。
× × ×
もし、ぼくが拒んだとしても、なにがなんでも彼女はついて来ようとしただろう。
【第2放送室】にふたりで入室する。
ぼくがカメラを構えようとしたら、
「奥のスタジオ、見てもいいかしら」
と彼女が言ってきた。
「ご自由にどうぞ」
ぼくはシャッターを切る。
彼女はひとしきりスタジオを見回す。
――戻ってきてから、彼女は、
「……ねえ、羽田くん」
と、なぜか恥ずかしげに、
「最近は……猫は……侵入したり、してないのかしら」
あー。
猪熊さん、猫、大の苦手だったんだよなぁ。
「してないよ。野良猫の気配、ここ数ヶ月は感じられない」
猪熊さんの安堵の表情。
「きみ、猫が入ってくると、大変なことになるもんねぇ」
指摘したら、安堵の表情が、次第に険しくなっていって、
「蒸し返すのね……この部屋で猫を見てしまったわたしが、パニック状態になったことを」
そんなことも、あった。
「蒸し返しちゃうなー。インパクト強かったからさ、きみのパニックぶりが」
睨(にら)むような顔になる彼女。
だが……眼つきがだんだん柔らかくなり、小さな溜め息をついてから、
「……過ぎたことなのよね。むしろ、いい思い出とも言えるわ」
それは良かった。
――ところで、
「今日の猪熊さん、ずっとタメ口だね」
「イヤなの? わたしのタメ口が」
「ぜんぜんイヤじゃない」
「……。
本来の自分は、こっち寄りなのよ」
「というと?」
「タメ口オンリーのほうが、わたしの本質」
ふぅん……。
「だとしたら、普段どうして『です・ます調』なのさ」
ぼくの疑問に対し、彼女は苦笑いで、
「――今後は、羽田くんに対しては、もう敬語で話さないかもしれないわ」
え。
なんか、強引に会話の方向を変えられたような感じ。
なんと言っていいのやら。
リアクションに困るぼく。
ジッと立っている彼女。
なんとも言えない空気。
ぼくは、室内の撮影はもう終えていたから、
「そ、そろそろ、ここを出ようかな」
「もう出ちゃうの?」
「写真、撮り切ったし」
「……名残惜しくないの」
シリアスな声音(こわね)だった。
猪熊さんの様子が、シリアスな方向に移(うつ)ろいかけている。
そのことに気づき始めた。
「あなたは3年間、放課後、ずっとここで過ごしてきたんでしょう!? こんなにアッサリした終わりかたでいいわけ」
猪熊さんは急激に距離を詰めてきている。
その勢いに圧倒されるぼくは、
「姉が……外で待っていて」
と、なんとかして言うも、
「あなたのお姉さんは、言い訳にならない……」
と、彼女は、その勢いを止めてくれない。
逃げるように、ドアのほうを向いた。
そしたら。
彼女は。
猪熊亜弥さんは。
ぼくの左手首を。
強く、握ってきて。
「羽田くん……。
行かないで。
行かないでよっ。
こんなあっけない『終わりかた』、わたしイヤなのよ。
もう少し……もう少しだけ……。」
驚いた。
驚いた直後に、『追い詰められている』というような感覚が、じわじわじわじわと、ぼくの内部に広がってきた。
汗が流れる。
困惑する。
動揺する。
困惑と動揺が、かき混ざり、めまいを呼び起こすような感覚が襲ってくる。
猪熊さんは、たぶん、ぼくを離してはくれない。
彼女はなにかを言っている。
でも、その言っている『なにか』は……涙声のような彼女の声で……聞き取ることができない。