【愛の◯◯】猪熊さんのタメ口チャレンジの行方

 

じぶんの部屋で姉と話していたら、スマートフォンが振動した。

 

「女の子からなんじゃないの?? 利比古」

笑いながら姉が言う。

「か…からかうつもりなの、お姉ちゃん」

「よくわかったわね」

「お姉ちゃんっ!!」

 

笑みを絶やさぬ姉は、

「どうぞごゆっくり~~」

と言って、ぼくのベッドから腰を浮かせるのである……。

 

× × ×

 

だれからの着信だったんだろうと思って、スマホを見た。

 

すると、なんと。

 

いつの間にか連絡先を交換していた――放送部部長の猪熊さんからの着信だったのである。

 

× × ×

 

 

「――なるほど。それは……小路さん、可哀想だな」

『ヨーコは悔やんでいました。『練習嫌いのバチが当たったのかな…』って言ったりもして』

「最後の大会だったんでしょ? そのコンテストって」

『そうなんです。最後だったから、きっとヨーコは、悔やんでも悔やみきれないんだと思います』

「…落ち込んでる小路さんは、イヤだな」

『わたしだってイヤです。…だけど、なかなか立ち直れないみたいで、時間がかかりそうで』

「そうとう、失敗が痛かったんだろうね……彼女にとって」

『簡単には……傷は、癒えないのかもしれません』

 

大変だ…。

 

『羽田くんから…なにか、アドバイスはありませんか?』

 

たぶん、助言を求めて、ぼくに電話してきたんだろう。

でも。

これは、いくぶんデリケートな、難しい問題で。

 

「――ごめん。今すぐには、なにも言えない。ここでなにか言ったとしても、それが、火に油を注ぐ結果になってしまうかもしれない」

『羽田くんのアドバイスが、ヨーコには逆効果なのかも――ということですか』

「まさに。だから、間(ま)を置かせてほしい」

それに、

「そっとしておくほうが、ベターなのかもしれないし」

『たしかに……』

「きっと、小路さんのほうから助けを求めてくるときが来ると思うよ」

『……来るでしょうか』

 

「――にしても、猪熊さん、小路さんのことがほんとうに心配って声だね」

『え、えっ!?』

「やっぱり、彼女のことが大切なんだ」

『……』

「そうなんだよね」

『……。

 悪いですか、ヨーコのことが心配で』

「悪いなんて、ぜんぜん言ってない」

 

――猪熊さんの深いため息が、電話越しに聞こえてきた。

 

それから彼女は、ふたたび口を開き、

『あの、羽田くん……』

「? なに」

『もし、差し支えないのなら……』

「なら?」

 

『今から……タメ口になっても、いいですか??』

 

「――え??」

『で、ですからっ。試しに、敬語を使わずに、話してみたくって、わたしは』

「――ぜんぜん構わないけど。でも、どうして?」

 

『……』

 

「猪熊さーん??」

 

『……。

 わたしも、変わらなくっちゃいけないって。そう、思い始めて』

 

「…変わりたいんだ」

 

『…はい』

 

× × ×

 

それから、猪熊さんはタメ口モードに突入した。

 

× × ×

 

「――きみのタメ口の感想を、言わせてほしい」

『感想を……?』

「ダメ?」

『い、いいえ、ダメなんて思ってないわ、わたし』

「良かった」

『……早く言って、感想。もったいぶらせずに』

「わかった。

 ――ぼくの姉みたいだよね」

 

『羽田くんの……お姉さん……みたい!?』

 

「うん。似てるよ、話しかた」

 

『あなたのお姉さんの話しかたなんて……わたし、ぜんぜん知らないんだけど』

 

「あー。それは、そうだよね」

 

少しだけ、考えてから、

 

「会ってみる? ――姉と」

 

と言ってみる。

 

猪熊さんは慌て気味になって、

『い、い、いきなりなにを言い出すのよ。いきなりそんなこと言われても、こころの準備、できないわよっ』

 

…うん。

やっぱり。

 

「――語尾、だね」

 

『ご……ゴビ!??!』

 

ゴビ砂漠のゴビじゃないよ」

 

『……』

 

「そういう語尾を多用するのさ――うちの姉も」

 

『そういうって、どういう語尾よ……』

 

「そういう語尾だよ。」

 

『ど、どうしてそんなに、からかうのよっ!!』

 

「――ほら。語尾だ、やっぱり」

 

『……『語尾』を連呼しすぎよ。あなた』

 

「怒っちゃったか」

 

『当たり前よっ。どこまで『語尾』にこだわれば、気が済むのよっ』

 

「…ハハッ」

 

『わ、笑うんじゃないわよ』

 

「…そういう怒りかたも、姉に近いや」

 

『……オタンコナス。