【愛の◯◯】猪熊さんと保健室で◯◯

 

からだが重い。

くたびれを強く感じる。

とてもダルい。

 

「ねーねー亜弥」

「なんですか、ヨーコ」

「ウチの部は、なんで正式な副部長を置かないの??」

「さあ……なんで、と言われても」

「もし、副部長を置いてるとしたら、ぜったいわたしが副部長だよねえ」

「……どうでしょうかね、それは」

「エーッ」

「もう少し、ヨーコが副部長らしく振る舞ってくれるならば、副部長職の設置を考えてもいいかもしれませんけど」

「なんか……disられた気分」

「どういう意味ですか? disられた、とは」

「いいから、知らなくても、意味。スルーして」

「ヨーコも煮えきらないですねぇ……」

 

例によって放送部の空間に居て、猪熊亜弥さんと小路瑤子さんのやり取りを眺めている。

 

でも……ふたりのやり取りが、うまく頭に入ってこない……。

 

「羽田くんはどう思う? 副部長問題について」

訊いてくる小路さん。

しかし……ぼくの顔を眺めながら、しだいに真顔になっていって、

「――ヘンだよ。羽田くん、顔色悪くない??」

と……ぼくの不調に気づく。

 

「わたしもそう思います。体調、悪いんではないですか? 羽田くん」

猪熊さんからも、ご指摘。

「無理をせず、保健室に行ったほうが」

 

…猪熊さんの言う通り、かな。

 

椅子からぼくは立ち上がる。

…立ち上がった瞬間にグラリ、となり、テーブルに両手をついてしまう。

 

「ちょ、ちょっと、ヤバげじゃん、羽田くんの調子」

慌てる小路さん。

「だ…大丈夫じゃないですよね!? ぜったいに」

猪熊さんも心配顔に。

 

心配そうに席を立つ猪熊さん。

 

「わたし…保健室までついていってあげますよ」

 

え。

そんなに…心配なの。

 

 

× × ×

 

ベッドに横になってすぐに、眠りの世界に入っていってしまったらしい。

 

目覚めて、身を起こす。

疲れが半分だけ回復したような気もする。

でも、まだ、上半身に重苦しい感覚が残っている。

 

ベッドの傍らの椅子に女子生徒が座っていることに気がつく。

 

座っているのは猪熊さんだ。

 

猪熊さん……ぼくといっしょに保健室に入ってから、ずっと居続けてくれたんだ。

 

「おはようございます、羽田くん」

「おはよう。……ずっとその椅子に?」

「はい」

「……手持ち無沙汰だったんじゃないの」

「それほどでも」

「だけど、ぼくが寝てるあいだ、いったいなにを――」

「文庫本を読んだり、ときおり羽田くんの様子を見たり、でした」

 

寝顔、見られちゃったのか。

少し恥ずかしい……。

 

 

静寂が流れる。

 

 

「……。

 猪熊さんってさ。

 髪、長いよね」

 

「えっ」

 

じぶんでも、どうしてこんなことばが口から出たのか、わからない。

たぶん寝ぼけてるんだ……たぶん。

 

「きみの髪も長いけど……ぼくの姉の髪は、高校時代は、もっと長かった。制服のスカートまで伸びていて」

 

猪熊さんが眼を丸くしている。

 

おかしいぞ、ぼく。

本格的に寝ぼけてるから、言う必要もないことまで口から出ちゃうんだ。

そうだ……寝ぼけ過ぎ状態なんだ、いま。

 

長い髪を指でつまんで、困惑し始めている猪熊さん。

 

ぼくは……静寂が嫌で、寝ぼけ過ぎのおかしなテンションも相まって、

「きみのほうが――高いよね、身長。きっと」

と、彼女に話題を振り続けてしまう。

 

「だ…だれと比べて、ですか??」

 

決まってる。

 

「決まってる。ぼくの姉と比べて……だよ。

 姉の身長は160.5センチなんだけど……猪熊さん、きみはたぶん、163センチぐらいだよね」

 

驚く猪熊さん。

 

どうして……わたしの身長をピンポイントで当てられるんですか

 

ドンピシャだったんだ。

 

寝ぼけ過ぎの割りには……冴えてるじゃないか、直感。