――大川くん。
わたしの、教育実習仲間の、男の子。
わたしは社会科で、彼は理科。
わたしは文系、彼は理系。
接点がないようにも、見えたりするんだけど。
――接点が大有りになってしまった。
どういういきさつで、大有りな接点が、生まれたかというと……。
× × ×
ある日。
実習が早めに終わった日で、まだ明るい空のもと、わたしは駅への帰り道をテクテクと歩いていた。
『小泉さーーん!!』
背後から、わたしを呼ぶ大声が聞こえてきたから、わたしはビビった。
ビビった弾みで立ち止まる。
振り向くと…、同じ実習生の男の子――大川くんが、わたしのもとに駆け寄ってきているではないか。
わたしの眼の前に到達した大川くんは、息切れ混じりに、
「小泉さん、おれと、帰りの路線、おんなじだよね!?」
と訊く。
なんで、帰りの路線がおんなじだって知ってるのかなあ…と訝しむヒマもなく、
「この前、同じ車両に小泉さんが立ってるの、見かけちゃってさ」
と矢継ぎ早に言われてしまう。
「それは…すごい偶然だね」
わたしが言うと、
「うん。すごい偶然だった。ストーカーとかそういうことしてるわけじゃないから、誤解しないでね」
と彼。
『それ…じぶんで言う??』という気持ちで、わたしは大川くんを見ていた。
そしたら、
「――呆れさせちゃったみたいだな。きみの顔が物語ってるよ……すまない」
と、すまなそうな顔で、彼に謝られた。
どういうわけか、心拍数が少し上がってきた。
『……』
奇妙なタイミングで……わたしと大川くんは、沈黙のまま、見つめ合った。
「あ…歩こっか」
やっとのことで、声を出せたわたし。
だけど……大川くんは、歩き出そうとすることもなく、
「小泉さん。
おなか……すいてない??」
と、告げてきた。
わたしは……もちろん、動揺。
……動揺、だったけれど。
気づいたら……、
うなずいていて。
× × ×
男の子とふたりっきりで夕ごはんを食べるなんて、人生で初めて。
舌までが戸惑っていて、ごはんの味がまるでわからない。
これは……女子校育ち、だから!?
アフターコーヒー。
まだ口をつけていないコーヒーを、スプーンでゆるゆるかき回すわたし。
目線は、斜め下。
「――小泉さん、」
突然の呼びかけ。
ビビって、スプーンから手を離す。
「単刀直入に、訊くけど――」
ビビリ通しのわたしに、大川くんが問いかけてくる。
「単刀直入」という響きに、胸の奥がざわめく。
「――きみは、どうして、教職員を志望しようと思ったの?」
ちょっと待って。
この空間で答えられるような質問じゃない気がするよ……それ。
お冷やを口に含んで、わたしは黙ってしまった。
志望理由は、ちゃんとあるのだ。
1:「学校」という場所が、好きだから。
2:放送部の顧問を、やってみたいから。
理由は、ある。
だけどだけど。
この空間で、理路整然と説明できるわけ、ないよ。
テンパらざるを得ないシチュエーションで、2つの理由を、眼の前の、男の子の大川くんに……伝える、なんてっ。
「あ……。訊いちゃ、悪かったかな??」
申し訳なさそうな大川くん。
危機的なわたしは……重く、深呼吸。
「………………大川くん。」
「ん、どうしたの、小泉さん」
「志望理由、ってさ、」
「…うん」
「まず、じぶんのほうから、説明するべきじゃないかな?? ……相手に、訊くよりも」
「……あーっ」
「……でしょ? そうでしょ??」
――「たしかに、そうだよね」と、彼は軽~く言って、笑った。
彼が――大川くんが、なにを考えているのか、まるで、わかんなかった。
だけども。
彼の、大川くんの、笑顔、が……とっても、明るくて、
その、明るい笑顔を見ていると、
耳たぶの温度が……上がった。