上映が終わり、CM研の部屋が明るくなった。
「お疲れ様でした」
そう言ったのは、2年生の馬場好希(ばば こうき)さん。
CMを見ていただけだし、特に疲れてもいないんだけどな。
ぼくがそう思っていると、
「馬場っち、思いやりがあるのはいいんだけど、2時間ぶっ通しで映像見てたとかそーゆーわけじゃないでしょ、あたしたちは」
と、ぼくの右サイドに座っていた2年生の吉田奈菜(よしだ なな)さんが、すかさずツッコミを入れていく。
「アハハ。かないませんねえ、吉田さんには」
と馬場さん。
「出た。馬場っちの必殺苦笑い」
と吉田さん。
とも吉田さんは。
「なにも昭和の時代劇から引用しなくても」
と馬場さん。
確かに。
吉田さん……??
その食い下がりかたは、いったい……!?
「あたしのお祖父ちゃん言ってたのよ。『藤田まことは国民栄誉賞を授与されても不思議ではなかった』って」
へ、へえぇ。
「これに関しては馬場っちの意見も欲しいよ。国民栄誉賞、高倉健が取れそうで取れなかったとか、いろいろあるんだけどさ」
「吉田さん。その議論は、また今度にしましょう」と馬場さん。
「今度っていつよ」と吉田さん。
「1クール後にでも」と馬場さん……。
1クール……。
3か月後まで、こんな議論を温めておくのか……。
× × ×
で、反省会。
「四国地方を本拠地とする某回転寿司チェーンのCMを見ましたが」と馬場さん。
「ドミナント戦略ってやつ? 首都圏(こっち)には全く店舗が無いのよね」と吉田さん。
「四国ローカルということでしょうか」とぼく。
「羽田くんはなにか知らないの」と吉田さん。
「なにかって、なにをですか?」とぼく。
「某回転寿司チェーンの詳しい情報を」と吉田さん。
「む、無茶振りっぽくないでしょうか。四国地方……でしょう?? 香川も愛媛も徳島も高知も行ったこと無いですよ、ぼく」
「ええーーーっ」
「吉田さん、リアクションがオーバーです……」
吉田さんのリアクションを受け止めるのに疲れ始めてきたぼく。
CM上映中は疲れてなかったのに、こんな落とし穴があるなんて。
「だけど、四国4県のテレビ局のことは完璧に頭に入ってるんでしょう!? 羽田くんは」
あの、吉田さん。
『完璧に』、って。
「『あいテレビ』が愛媛のテレビ局だって教えてくれたのは、あなたなんじゃないの」と吉田さんは。
「教えましたか? イマイチ記憶に――」
「ばかっ」
「ばば罵倒がいきなり過ぎますよ、吉田さんっっ!!」
「だって」
「はい!?」
「四国地方のテレビ局にあれだけ詳しいのなら、四国地方におけるドミナント戦略のことだって絶対詳しいって、あたし信じてたのよ!?」
すごく意味が分からないのですが。
――必然のごとく茶番劇を繰り広げていくぼくと吉田さん。
それを見ていた馬場さんが、
「ふたりとも少し落ち着きましょう。特に、吉田さん」
と柔らかい声でたしなめる。
「馬場っちが落ち着き払い続けるのがいけないのよっ」
あのねえ。
「とりあえず――吉田さんは、『ドミナント戦略』というものについて、腰を据えてお勉強してみたらどうなんでしょうか」
「なにそれ馬場っち。あたしを小馬鹿にしてんの」
「いいえ?」
「あたし文学部だし、経済とか経営とか商業とか、そういうお勉強は不得意なのっ」
「僕も文学部ですが?」
「……うそでしょ。うそうそうそ。馬場っちとなんか、講義棟の廊下ですれ違ったりしないし」
馬場さんが、
「証明しますよ」
と言って、学生証を取り出そうとしている。
吉田さぁん。
目に余りますよ、しょーじき。