【愛の◯◯】沁みるから、打ち明ける

 

戸部アツマくんの実家のお邸(やしき)に来ている。

今日と明日が仕事休みになったので名古屋から帰京した。戸部くんに電話をかけて『あなたの実家のお邸に泊まっても良い?』と訊いた。

戸部くんは快諾。しかし、喫茶店でのお仕事がギッチリと入っているので応対はできないと伝えられた。

肝心な時にスケジュールが埋まってるのね。社会人としてそーゆーとこをどーにかできないモノなのかしら。

戸部くんは居てくれない。だけど、嬉しいコトに一緒にお泊まりしてくれる女の子が居る。

藤村杏(ふじむら あん)さんだ。戸部くんと高校時代同級生だった娘(こ)。偶然にもわたしと彼女の仕事休みが重なり、ふたりでお邸(やしき)に宿泊できるコトになった。

 

まずは銭湯みたいに大きいお風呂で疲れを洗い流した。

それからゆったりとした服装に着替えた。

それからそれから、リビングの長テーブルを挟んでカーペットに腰を下ろし、互いを労(ねぎら)うカンパイをした。

わたしはぐびぐびとスーパードライのロングサイズ缶をほとんど飲み干してしまったけれど、

「藤村さん、自分のペースで飲んでね。わたしアルコール耐性が強すぎてひと晩で10本以上もロングサイズの缶ビールを飲んじゃうコトがあるの。というか、飲んじゃうコトが多いの」

「酒豪なんだ」

と藤村さん。

「酒豪なの」

とわたし。

アルコール耐性自慢は程々にしておきたい。だから、

「戸部くんの悪口を酒のお肴(さかな)にしてみない?」

「あ! 星崎さん、それ良い! グッドだよ!! 戸部の悪口存分に言えるシチュエーションは貴重だよね!!」

えへへ。

確かに貴重よね。

藤村さんにシンパシーを覚えちゃうわたし。

 

× × ×

 

オトナの事情と文字数の都合で戸部くん叩(だた)きの模様は泣く泣くカット。

 

さて、わたしと藤村さんは畳部屋に移動し、敷いた布団に既に寝転がっている。

互いに目線は天井に。

「戸部くんを叩くとスッキリするね。爽快だね」

「星崎さんに同意。もっとあいつのコト傷(いた)めつけてやりたいぐらい」

天井に向かって苦笑いしつつ、

「誹謗中傷レベルになったらダメよ。仕返しされちゃうかも」

「だいじょーぶだよ。言語的にも物理的にもボコったって戸部は基本大人しいし」

藤村さんって彼に対してはサディストになるみたいね。

高校時代からの間柄を藤村さんは『腐れ縁』と表現していた。異性ではある。けれども、彼女にとって彼は『悪友』と言って良いようなポジションなのかもしれない。

そう思ったから、

「本当に戸部くんの方からは反撃してこないの? ほら、『ケンカするほど仲が良い』って言うじゃないの」

どういうわけか右隣の彼女からの返答が滞った。

マズいコトを口走っちゃった?

わたしは一瞬気まずい気分になる。

でも、藤村さんはやがて口を開き、

「昔は反撃されたりした。わたしの頭をはたいてきたりとかデコピンしてきたりとか。ヒドいもんだったよ」

と打ち明け、

「だけど、ハタチ過ぎた辺りからそういう仕返しもしてこなくなってさ。甘くなったというより優しくなったんだと思う」

「戸部くんが丸くなったのね」

「うん」

しみじみと彼女は、

「たぶんね。もし今晩あいつが邸(ここ)に来てたら、わたしが仕事で苦労してるのを慰めてくれたと思うんだ」

彼女のしみじみとした感情がわたしに伝わる。

「仕事がつらいの? 激務? ブラック?」

少しだけ答えるコトバを溜めてから藤村さんは、

「グレー」

と溢(こぼ)す。

「……グレーってコトは、ほとんどブラックと同じ意味よ」

本心をわたしは言う。

一緒に大きなお風呂に入った。一緒に楽しくお酒を飲んだ。それでも癒やされないモノが確かにある。癒やされ切っていない部分が、彼女には、藤村さんには。

すぐにわたしは右隣の彼女に身を寄せてあげた。

密着みたいに右肩を彼女の左肩にくっつける。そして、わたしの右手で彼女の左手を握ってあげる。

「泣きたいぐらいつらかったりする?」

「泣かない。というより、泣けない。もっと言うと、泣くコトのできる気力が無い」

わたしは彼女の『しんみり』を共有する。

弱々しくなってしまうのも仕方が無いコトを理解する。

だから、優しく左手を握ってあげる。

そしてそれから、そっと左手から右手を離し、今度は彼女の頭へと持っていく。

右手を頭頂部の辺りにふわっと置き、静かにナデナデしてあげる。

「……」と弱っているから何も言えない藤村さん。

だけど、やがて、

「ありがとう」

と小さくもハッキリと声を出してくれて、

「沁みるよ。星崎さんのあたたかさが」

と言ってくれる。

「よしよしよし」

ナデナデを続行するわたし。

今の藤村さんは高校生ぐらいの幼さだと思う。

「あのさ。」

ボショッと呟く藤村さん。

「戸部を攻撃し続けるのも可哀想だからさ。あいつの良い面も言っておきたいの」

「なあに? 気になる」

「高校時代に、あいつ、わたしに対して、とっても優しくしてくれたコト、あって……」

「気になる気になる。教えて? 藤村さん」

「わかった」

彼女が息を吸うのが耳に届く。

「失恋をしたの。野球部の4番バッターと付き合い始めたんだけど記録的な短さで破局して。ショックでわたしのメンタルおかしくなって、それで、それでね、放課後、サッカー部のマネジっていう自分の仕事も忘れて、校舎を彷徨ってて、屋上の扉に向かって階段のぼりかけてて、そしたら、戸部がいて……」