某カフェ。
おれの真正面には、怖い怖い女子がふたり……。
星崎姫と、八木八重子だ。
いつもおれに厳しい星崎と八木。
…なのだが、いま眼の前にいるふたりは、揃ってニコニコ顔なのである。
違った意味で怖い。
とりあえず……。
とりあえず、だ。
おれが、すべきこと。言うべきこと。
× × ×
満面のニコニコ顔のふたりに向かい、
「……あのさ」
と控えめに切り出して、
「このたびは……おれを助けてくれて、ほんとのほんとに……ありがとう。」
と感謝を告げて、頭を下げる。
それから、
「おまえらが、『リュクサンブール』に掛け合ってくれなかったら……おれ、どうなっていたことか。何度でも、ありがとうって言いたいよ」
と感謝に感謝を重ねる。
「――戸部くん」
ニコニコを絶やさぬまま星崎姫が、
「カンパイしない?」
とか言ってくる。
「カンパイって。コーヒーカップでかよ」
うろたえつつおれが言うと、
「そう。そういうこと」
と星崎はコーヒーカップを持ち上げる。
「……居酒屋じゃあるまいし」
おれがツッコむと、
「自重しろって言いたいのね」
と星崎。
「まあ…そんなとこ」
おれが言うと、
「妙なところで戸部くんはマジメちゃんなんだよねえ」
とご指摘の星崎。
なんだそれ。
「星崎さん、言えてるよ。同意同意。突然マジメになったりすること多いんだよね、彼は」
八木が同調。
というか……眼の前に本人がいるのに、なぜ「彼」という三人称を用いるのか。
不自然だぞ?
「戸部くぅん」
「今度は、なんじゃいな…星崎」
「飲もうよ、きょうは♫」
「だから居酒屋じゃないと言っとるだろが」
「そんなこと言わずにぃ」
「や、言うし」
星崎は少しむくれ、
「…せっかく祝福してあげるテンションなのに。戸部くん冷たい」
八木も、
「マジメと薄情は紙一重なんだよ、戸部くん。祝福してあげたいっていうわたしたちの想いを汲み取ってよ…」
と不満顔。
「わーったわーった」
おれは観念し、星崎と八木のカップに、じぶんのカップを小さく当ててやる。
「これでいいか――カンパイは」
苦笑しながら星崎は、
「遠慮しすぎなんだから……。
でも、お疲れさま。戸部くん」
八木も苦笑しながら、
「カンパイが控えめすぎるよー。
だけど…ホント、ご苦労さま」
× × ×
「ご苦労さま、とは言ったけれど」
八木の顔に、真剣みが加わって、
「まだ、『課題』が……戸部くんには残ってるよね」
『課題』がなんなのか、わからないわけもなく。
「八木さん、それって――愛ちゃんの」
「そう、そのこと。羽田さんを元気にさせてあげないと」
……。
「戸部くんには、羽田さんをよく見てあげてほしい。
――ま、戸部くんひとりに抱え込ませるわけにもいかないんだけどね。
近いうちに、わたしも、邸(いえ)に行こうと思うよ」
「そうしてくれると助かる……八木」
「小泉もいっしょに連れてく」
「小泉さんも?」
「彼女を支えてあげる人数は多いほうがいいでしょ」
「たしかにな……」
「小泉、教育実習がひと段落したからさ」
教育実習か……。
小泉さんも小泉さんで、がんばってるんだな。
「……小泉がね。」
八木が意味深なニヤけ顔になり、
「教育実習でさあ……」
「じ、事件でも起こしたんか」
「違うよ戸部くん」
「だ、だったら、なに!?」
ニヤけ続けの八木だったのだが、
「……。
やっぱ、自重しとく。
小泉が可哀想だから」
……なんなんだコイツは。
「八木さん、小泉さんって、八木さんの女子校時代の同級生よね?」
「だよ、星崎さん。下の名前は、小陽(こはる)っていうの」
「ステキな名前ね☆」
「だよね~」
星崎が、八木に、流し目を送る。
不敵な流し目を、八木が、送り返す。
……なんなんだコイツらは。
不気味なアイコンタクト、しやがって……!