「ムラサキ、この曲好きなんだ、おれ」
「へえ~っ。どこらへんが、好きなんですか?」
うおー。
案外答えにくいぞ、その問いには。
かくなる上は……。
「――もう一度聴いてくれ」
「ハイ」
そして曲をリピートし、
「――ここだ。ここなんだ。この部分が、たまらないんだよ」
「あ~~っ、ここですかあ~~っ」
乗ってきてくれるか?
――そうか。
さすがは、ムラサキだ。
おれがなぜこの曲が好きなのかを、わかってくれたみたいだな。
「……どういう茶番?」
「わぁっ星崎」
「戸部くんバカ、そんなに大声で驚かないでよ」
「いたんか、おまえ」
「いたわよ。なにを言っているの」
「そうか、いたか」
「いた」
「…きょうは、例外的に、星崎の存在感が薄い日なんだな」
「ハァ!?」
「おいおいおい、『大声出すな』って言ったやつが、大声出してどうする」
「だって、戸部くんの言い回しがヘンテコリンすぎるんだもん」
「?」
「『例外的に存在感が薄い日』ってどーゆーことよ。
存在感って、日によって、濃くなったり薄くなったりするもの!?」
「あー」
「……」
「悪ぃ星崎。おれの日本語、ヘンだった」
「……でしょ」
「もともと国語が苦手でさ」
「……ぜったいそうだよね」
「おまえはどうだった? 国語の成績」
「高校時代の?」
「うむ」
「……なんでいまそれを訊いてくるの」
「気になって」
「……入試受ける前までは、得意なほうだと思ってたんだけど」
「『だけど』??」
「『だけど』の先は……言わないっ」
「『察してください』、か」
「そうよっ。勝手に察してよっ」
なるほど……。
こいつも、受験でいろいろあったみたいである…と。
「すまんな。いらんことまで訊いちまったみたいで」
「ほんとにもう。すぐ話が脱線する」
「…もともと、おまえはどういう話がしたかったんだっけ?
『茶番』がどうとか、言ってなかったっけ?
おれとムラサキが、曲を聴いて盛り上がってたのが、そんなに『茶番』に見えたんか??」
スネたような眼つきで、星崎は、
「――もういいから」
「へっ??」
「忘れていいからっ! わたしの、『茶番』発言は」
「いいのかよ」
「いい! …めんどくさくなってきちゃったから」
フム。
「――たしかに、な」
「水に、流して……」
「水に流しても、おまえ本体がめんどくさいのには、なんの変わりもないけどな」
「……なにそれ」
「べつにぃ~~??」
× × ×
……タンコブができるほど、
星崎に殴打されてしまった。
「こんなやり取りで、1000文字も消費するなんて、ほんとバカらしい」
星崎がNGスレスレの不満を漏らす。
「あんまりそんなこと言うもんじゃないぞー、星崎よ」
「ぜんぶ戸部くんのせいだからね。ぜんぶちゃんとしてよね」
「ちゃんとするっつってもなぁ~」
「そのニヤケ顔!! よくないっ」
「星崎さん、血圧を上げすぎないでください」
「え、どーして、どーしてムラサキくんまで、わたしにそんなことを」
「心配なので」
「…ほんとう?」
「ハイ」
「…お気づかいなく」
「残念ながら――お気づかって、しまうんですよね」
「!?」
「星崎さん、ここに来るたび、アツマさんに向かって、ムキになっちゃうじゃないですか」
「そ、それには……ちゃんとした理由も。戸部くんのせいでもあるし」
「であっても、アツくなりすぎてしまうのは、からだの健康にしてもこころの健康にしても、確実によくないと思うんです」
うむ、うむ。
そのとーりだ。
「……わたしを思いやってくれてるのは、感謝してあげる」
おお、星崎が素直だ。
おれじゃなく、ムラサキ相手だからか。
「どういたしまして、星崎さん」
素敵にはにかむムラサキ。
そんなムラサキを、なにゆえか、ジト目で見る星崎。
「……『目的』があって来たこと、忘れるところだった」
「えっ? 『目的』?? どんなですか??」
訊くムラサキ。
「実はね、
ムラサキくん、あなたに用が、あったのよ」
ジト~ッ、とした眼つきのまま、星崎は言う。
「ぼくに!?」
「用、というか、お誘い、なんだけどね」
「お誘い!?」
「そこまでビックリしすぎなくたっていいでしょうに。
――あのね、
わたし、こんどまた、アカ子ちゃんのお邸(うち)に行けることになったんだけど……。
来(こ)ようよ、ムラサキくんも」
「ぼくも……また、あのお邸(やしき)に……ですか!?」
「だから、オーバーリアクションに驚かないで」
男子はほんとうにしょうがないわね……という星崎の眼つき。
その眼つきが、
じょじょに柔らかく、優しげな眼つきになっていき、
「蜜柑さんの紅茶……また、飲みたいでしょ? ムラサキくん」
と、穏やかに、問いかけていく。
無言のムラサキ。
答えにくいよな。
そりゃ、『飲みたい』に決まってるだろうけども。
「その表情は、飲みたいんだよね? ――決まりね」
おいおい。
「おいおい星崎、勝手に『決まり』とか言っちゃいかん」
「戸部くん黙ってて」
「ぐうっ……」
心持ち、ムラサキと距離を詰めて、
「……『蜜柑さんと会いたい』って顔に、なってるじゃないの」
「……」
「顔に出てるわよ、ムラサキくん」
……星崎にムラサキのなにがわかるかっ。
一方的に、顔つきだけで、判断しやがってっ。
黙らせたいが……。
たしかに、たしかに……星崎の指摘のように、アカ子さんの邸(いえ)に行って、蜜柑さんと再会することに対して、前向きになっている…という意思表示が、ムラサキの顔からは、読み取れるような気がする。
「――ムラサキ」
「アツマさん――」
「――行ってきたいのなら、行ってくればいいじゃないか」
「アツマさん――。わかりました。ぼく、行きます」
「よかったよかった。ムラサキくんも、来てくれる」
「なーんか、なあ……」
「なーんか、って、なーにー?? 戸部くん」
「や、おまえがなんだか『面白がってる』みたいなのが、気になって」
「『面白がってる』?? どんなことを???」
「ど、どんなことを、と言われるとだな……そこはだな、微妙だし、デリケートなところだとは……思うんであるが」
「――気になって、仕方ないわけ?」
「んぐ…」
「――仕方ないんだったら。
戸部くんも、ついてけばいいじゃん」
「おれが!? ムラサキに!? ムラサキといっしょに!?」
「そう。ムラサキくんとコンビで、アカ子ちゃん邸(てい)に突撃」
「……」
「そして、蜜柑さんにも、突撃~~♫」
「……蜜柑さんに突撃って、なんだよ」
「なんだっていいでしょ」
「星崎ッ!!」
「そんでもって――、
わたしといっしょにおさけのもーよぉ、とべくぅーん」
「……。
つまるところ……飲み相手、かよ」
「そ♫ どーせのむんだったら、あいてがいたほーがいいからってこと」
どうしようもなさすぎる……。
泣くぞ、いっそ……。
「なにメソメソしかけてんのよ~っ?
きちょーなのみあいてで、ちょーほーしてんのよっ、とべくんは~~☆」
――とりあえず、どうにかしてくれ、そのしゃべりかたをっ!!
変声(へんごえ)出す必要あるか!?
ないよな!?