「あっ。お兄ちゃん、きょうは外出、するんだね」
「ああ。出かけてくるぞ」
「おおー」
「おおー、じゃないから」
「ただの兄貴が、アクティブ兄貴に、レベルアップだ」
「や、アクティブ兄貴って……なに」
「どこに出かけるの?」
「普通に、大学」
「それは、就活に向けて?」
「いや、サークルだよ」
「ヤダッなにそれ……」
「……おい」
× × ×
あすかと茶番劇を演じたのち、邸(いえ)を出た。
…大学の最寄り駅に着いたら、もう正午過ぎ。
腹が鳴ってくる前に、モスバーガーでテイクアウトする。
モスバーガーの袋を携えつつ、学生会館に突入。
サークル部屋のカギはもう開いていて、2つ後輩の笹田ムラサキが椅子に座って音楽雑誌を読んでいた。
「こんにちは、アツマさん」
「よーっムラサキ」
「モスバーガー、ですか?」
「おう。モスバーガー2つに、テリヤキチキンバーガー1つ、それにオニポテだ」
「……すごいですね」
「まあ、運動する習慣のない人間には、薦められんな……」
「スポーツマンですもんね、アツマさん」
「へへ」
「タフですよね」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
× × ×
……また、美味しいカロリーを摂取してしまった。
モスの袋をわきに置いて、ムラサキのほうを向いてみると、なにやらムラサキはクリアファイルらしきものを持ち出している。
「なに、それ?」
訊く。
するとムラサキは、なにゆえか、恥ずかしそうにして、
「これ……ですか? これは……文章、みたいなもの、で」
「文章に、『みたいなもの』もなにもないだろう」
「そう…ですね。ハイ」
「レポートかなんか?」
「いえ、単位とかとは、関係なく。…趣味で。完全に、趣味で」
「趣味?」
少し赤面しながら、
「アツマさんは、ホフディランっていう日本のユニット、ご存知ですよね?」
「おうよ。というか、おれがおまえに紹介したんじゃなかったか? ホフディランは」
「でしたっけ……。ともかく、ホフディランのデビューシングルが、『スマイル』って曲で」
「森七菜がカバーしてたよな」
「はい。……で、ぼく、『スマイル』っていう曲について、ちょっと研究したんです」
「研究?」
「歌詞を、分析しまして……」
× × ×
なるへそー。
ホフディランの『スマイル』の歌詞を、精(くわ)しく分析してみました、と。
で、それをレポート仕立てにして、クリアファイルに入れて持ってきました…と。
「ムラサキもアカデミックなことするじゃんか」
「…趣味ですよ」
「恥ずかしがるなよぉ」
「…はい」
「いい後輩を持って、おれはハッピーだ」
「そ、そうですか!? アツマさん」
ムラサキが視線を心持ち上向きにするのと、ほぼ同時に。
――だれかが部屋をノックしてきた。
「だれだろう。ノックするってことは、会員以外だよな。星崎……ではないような」
「茶々乃(ささの)さんではないでしょうか?」
「わかるんか? ムラサキ」
「なんとなく、なんですが……」
「とにかくおれが開けてみるよ」と告げ、ドアを開いた。
そしたらムラサキの予想がドンピシャで、茶々乃さんが立っていた。
茶々乃さん。
ムラサキと同学年。つまり1年。
活動部屋の近い児童文学サークル『虹北学園(こうほくがくえん)』に所属しており、しばしばおれたちのサークルのほうにも遊びに来てくれる。
付け加えるならば、星崎姫の親戚である。
星崎とは真反対の、とってもいい子である。
――そんな茶々乃さんなのだが、きょうは、部屋に足を踏み入れるなり、真面目な顔で、ムラサキに視線を送り、
「約束忘れてないよね!? ムラサキくん…」
と、やや責めるようにして告げたので、少しばかりビックリ。
約束って、なんだろう。
やらかし、か? ムラサキ。
ムラサキは恐縮して、
「きみに借りた…絵本のことだよね」
「そーだよ。きょうがわたしへの返却期限だったはずだよ」
「ゴメン…間に合わなかった…」
「間に合わなかったァ!?」
お、おおお、茶々乃さん、いつになく『強め』だ。
「絵本、汚したとか破ったとかで、それをごまかしてるとかじゃーないよねえ!?」
「そ、それは、神に誓って――」
「いつなら返せるってゆーの!」
彼女の迫力に口ごもるムラサキ。
…1分近く経過したあと。
小声ながらも、ムラサキは口を開く。
「……あのさ。ぼく、あさっての金曜日、アカ子さんに、邸(いえ)に誘われて」
「アカ子さんは無関係でしょっ……」
押されながらも、ムラサキは、
「アカ子さん、『茶々乃さんにも来てほしい』って言ってて。だから、金曜に茶々乃さんがアカ子さん邸に来てくれれば、そこで絵本、渡せるかなー、って」
「……」
茶々乃さんは、冷めた表情で、
「金曜は――、蜜柑さんも、いるの??」
「え。もちろんもちろん。蜜柑さんがいないわけ、ないよ」
「ふーーーん」
「……どうしたの、茶々乃さん!? 蜜柑さんがいたら、都合が悪いの!?」
「都合が悪いの!?」とムラサキが言うのと同時に、
茶々乃さんが、顔をプイッと逸らした。
…お、おい、きみたち??
収拾、つけられる??
おれ…対処しようにも、しきれないんですけど!?